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昨日、渋谷まで足を運んでくれたみなさん、どうもありがとうございました。
おれ個人も8ヶ月振りのライブハウスのステージで、僅か30分のステージでしたが、その感触を今日一日で取り戻せたと思います。
次回は4月6日(金)国分寺RUBBER SOUL、4月11日(水)下北沢SHELTERと、ライブは続きます!

洋楽の和訳感覚の日本語ロックというものが、日本に於いてのロックのダサさを象徴している。
もう一度言います。
「洋楽の和訳感覚で作られた日本語ロック」というものが、「日本に於けるロックのダサさを象徴」しています。
♪kiss me deadly tonight~
(死ぬほどキスしてくれ、今夜は…)
ダサい…少なくともおれ個人の感覚から言ったら相当ダサい。
つい人の日記を隠れて読んでしまってサブイボが立つ…そんな感覚である。
ダサいというよりは、日本語がこういったセリフを吐けるような言語文化を持ち合わせていないから、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。
要するに、この国で生活している中でこういった言葉には現実味がなく、実体験となかなか結びつかない事に要因するのだろう。
かつて、洋楽の和訳とか映画の字幕っぽい歌詞の曲を書く人の商売が成り立ってしまい、その商品を聴いて育った世代の人は、ロックやポップスに於いての言語はそういうものだと信じ込み、私生活での言語と歌詞世界での言語の区別が付かなくなり、言葉によってサブイボが立つといった感覚を麻痺させていったのだと思う。
なんか思春期の中学生にはそういった麻痺感覚ってあると思う。
だって、恥ずかしながらおれもそうだったんだなって思う節がいっぱいあるもん…
日本語以外の言語語感で短歌や俳句の良さを伝えるのは非常に難しいはずで、外国語の持つ情緒まで和訳で解釈するのは、容易なことではないのだと思うのです。
♪kiss me deadly tonight~
この歌詞を本当に解釈するときに、おれの語嚢の99%を占める日本語というフィルターを通しては本当の意味は伝わってはこないと考えるのでした。
言葉ではない何かをおれは酔っ払いながら想像するのです。

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ジェネレーションXの1stアルバムの9曲目に収録の「Kiss Me Deadly」は、繁華街にたむろしたりケンカしたり、学校にも行かずクスリをやって、目先のセックスを楽しむために、「死ぬほどキスしてくれ、今夜は…」と、甘~い言葉で女の子を口説いているわけです。
というように、若者の刹那的な生活を歌っているわけですな。
書きはじめの文章では一文だけを取り上げてダサいと罵ったわけですが、前後の流れが見えるとある程景色が浮かんでくるわけです。
そんなジェネレーションXなのですが、彼らはルックスの良さからどこかアイドル視されている面もあって、現にVoはビリー・アイドルと名乗っております。このビリー・アイドルはバンド解散後、イギリスからアメリカに渡り、肉々しいマッチョ・ロッカーとして大成功を収めました。
そういった経緯もあってか、パンク通の中の人には、このバンドをパンク視していない人もいるようです。パンクのアティチュードとしてリンクしないと解釈してしまうのですね。
なにはともあれ、この「Kiss Me Deadly」が名曲であることは間違いありません。
若者の生活の躁と鬱をドラマチックに描いていて、バンドの演奏もギターのアルペジオからはじまり、徐々にヒートアップしていく手法で、曲が終わる最後の最後まで気迫充分です。


Kiss Me Deadly / GenerationX 1978年
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03/31|MOLICE 07||TOP↑
もう一昨日になりますが、国分寺へ足を運んでくれた皆さんどうもありがとうございました。
次回は3月30日(金)渋谷CLUB CRAWLでライブをします!国分寺でのまったり~なライブもいいですが、やはりでかい音でも体感してみてください。

昨日は普段から随分とお世話になっているriccaのワンマンライブに行ってきたのですが、スバラシイ!の一言に尽きる2時間半のステージでした。
普通2時間半のライブって言ったら途中で絶対に飽きるよ。それが全然飽きないんだもん。
それはバンドとか個人のためのワンマンではなく、各メンバーやゲストも含めた、個々の能力と個性を存分に出しながら、それぞれを主役に押し上げて全体でワンマンという雰囲気を作れるという、このバンドの懐のデカさにあるんだなと思いました。
いいライブを観れた時は、得をした!と、財布の紐を結ぶのではなく、得しただけのお金をバンドなり会場に落とすのがおれの主義です。昨日は会場でお酒をたくさん飲むことで還元してきました。
そして案の定…目を覚ますと電車を乗り過ごして小手指駅にいたのでした。

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ザ・クラッシュの「(White Man In)Hammersmith Palais」邦題は「ハマースミス宮殿の白人」
この曲は1stアルバムを発表してから2ndアルバム発表までの繋ぎのシングル3枚のうちの1枚です。
歌いだしの、♪Midnight to six man~というのが、プリティー・シングスの曲のタイトルと同じなのは偶然でしょうか…
その後の彼らの音楽的手法をレゲエやダブに広げていくきっかけになっているポップチューンで、ストレートなパンクナンバーといった曲ではないかもしれません。
とりわけ好きなザ・クラッシュの曲の中でも個人的に最もお気に入りで、クラッシュ好きでこの曲はキライという人は間違いなくいないでしょう。
オリジナルアルバムには収録されていないので、写真はシングルのジャケットですが、アメリカ盤の1stとベスト盤やシングル集には必ず収録されています。
さて、最初にriccaのワンマンライブが素晴らしかったという書き出しでしたが、この曲はその間逆のことを詞で綴っています。
Voのジョー・ストラマーがハマースミス・パレスでのレゲエバンド達によるコンサートで受けた失望についてを皮肉を込めてか、レゲエ風ナンバーで綴っています。
英語がてんでダメなおれには、和訳を見ても理解できない部分が多くあるのですが…
♪Onstage they ain't got no...roots rock rebel
(ステージ上でのあいつらからは、ロック反逆者のルーツも感じられない)
♪Turning rebellion into money
(反逆を金に替えてやがる)
と、こんなことを言っています。
クラッシュというバンドは、レコードの値段やライブのチケット料金をとにかく破格な値段に引き下げて、70年代末の英国不況下で仕事もお金もない多くの若者に観て、聴いてもらえるように務めていた人達です。
時にはレコードが売れれば売れるほど赤字が膨れ上がるといった状態にもなっていたようで、そんな彼らの行動にも反逆のメッセージを込めていることから、そういった姿勢を金儲けの手段に使うことがジョー・ストラマーには許せなかったのでしょうか…
個人的にこのように都合よく解釈しました。
確かに素晴らしい音楽でショウを展開していれば人も集まるし、お金もたくさん発生します。
しかし、それ以上に大事なのはそれらを支えている人達への配慮だと思われ、人を集めるとか、お金を発生させるということは非常に大変なことなのです。
人に見せるだけの技術やセンスを磨くのと同時に、人間的に魅力がなければそこには何も発生はしないとおれ個人は思っています。
と、いうわけで、riccaというバンドはパンクとか荒くれ者といった種の人達ではありませんが、昨日のワンマンライブを拝見して、いちばん感じたのは、出演者だけでなく、会場を貸しきるという環境を生かしたオーディエンスに対する配慮も細部に見られ、改めてバンドというものは、楽器を弾けるモノや道具の集まりではなく、観に来る人も含めたそれぞれのいち人間達ありきで成り立っているのだと痛感しました。
音楽性が違うバンドでも、こういった水面下に共通点を見つけたりもするのです。
それでは最後に、生前のジョー・ストラマーの言葉でお別れしましょう。
「ロックはファッションじゃない。アティチュードだ!」


White Man In Hammersmith Palais(ハマースミス宮殿の白人) / The Clash 1978年
03/25|MOLICE 07||TOP↑
世の中ってのは歪んでいく一方で、インターネットというものはまさに脅威ですな。
ハイテクなイジメなんてものは親も先生も管理できません…
こんな新旧交代の時代に思春期を迎えているキッズたちは、一体どんな気持ちで日々を送っているのでしょう…
いやいや、大人だってこの脅威にしっかり踊らされています。
画面上の批判や攻撃という瞬間的な快楽で何か得るもがあるのかな…?
あらゆる全ての争いは、必ず双方にしこりを残すものです。
ストレスをパソコンにぶつけるのではなく、ちゃんと手足を動かす方がいいね。
そうね、たとえばギターを弾いてみるとか、部屋にこもってないで散歩してみるとか…
そしておれは、新聞もテレビも信じないよ。
溢れる情報の選択は学校のテストじゃないので、100点満点は存在しません。
生きるってことは、常にセンスを問われます。

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♪If the kids are united then we'll never be divided~
「もしキッズたちが団結したら、もはやみんなが分断されることはない」
SHAM69の2ndアルバム「THAT’S LIFE」の、今手に入るCDではボーナス・トラックに収録の、当時ではシングル曲にして代表曲が、この「IF THE KIDS ARE UNITED」
セックス・ピストルズの「ホリディズ・イン・ザ・サン」と、ストゥージズの「ノー・ファン」を合体させたようなイントロで始まる曲です。
この曲のテーマはまさに、今を生きるキッズたちにももってこいだと思います。
パンクバンドの多くは上からものを言うスタイルでパフォーマンスを展開しますが、SHAM69の場合は非常にポジティブで、その視線を落としてオーディエンスと肩を並べる事で支持を集めていました。
ロンドンパンクが衰退しかけた1978年に突如現れた彼らは、まさに正統派パンクと言えるでしょう。
しかし、そんな彼らの姿勢とは裏腹に、ライブの度に起こるファン同士の喧嘩や騒動を見かねて、Voのジミー・パーシーは涙ながらに(本当に泣いた)1979年に早々と解散。そして翌年にはスピード再結成!(なんだそれぇー!)
労働者階級に生きるキッズたちの兄貴分的存在が、まさにこのSHAM69だったのです。
B級パンクと言うなかれ!彼らの姿勢は海と世代を超えて、今でも生き続けています。


If The Kids Are United / SHAM69 1978年
03/22|MOLICE 07||TOP↑
一昨日、間抜けなことに荻窪に行くはずが中野へ行ってしまった。
しかも降りた中野駅南口をずっと荻窪駅南口だと思い込みそのまま徘徊…やがて住宅街へ…
どちらの駅も南口を利用したことがなかったので、景色だけでは判断つかなかったのです。
電車の中で本を読むのに夢中になっていたために起きた珍事でした。
何かに夢中になっていると周囲の状況には目が行き届かず、つい足元ばかりを気にしてしまい視野が狭くなるのです。
自分自身の過去を客観視したり振り返ることも時には大事なことで、そうすると、それまで頑固にこだわってきたことが実は、微小で弱く壊れやすいものだと気付くのです。
それが自分の足元ばかりを気にしていると、本来あるべき自分の状況がおかしなことになっていても、そこになかなか気付けないのです。
やはり常に遠くを見ていなくてはイカンな…などと思いながら荻窪を目指したのでした。

ストラングラーズのヒュー・コーンウェルも♪Nice n'sleazy does it~って言うのよ。
非常に安っぽいって意味じゃないらしく、ドキドキワクワクするみたいな意味らしいです。
ドキドキワクワクするためには足元ばっかり見てちゃイカンってことね。
っていうか、このジャケットのヒュー(左から二番目)は思いっきり足元を見ています!

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ストラングラーズの話をすると長くなってしまいそうです…
さて、ストラングラーズとは、若者の就職難に喘ぐ70年代後半のロンドンから飛び出した、オリジナルロンドンパンクバンドの代表格の一つです。
この「ブラック・アンド・ホワイト」というアルバムは彼らの3枚目のアルバムで、このアルバムの2曲目に収録の「Nice n'Sleazy」は初期ストラングラーズの曲の中でも白眉と言える楽曲と個人的に思っています。
パンクという表現を疾走感ではなく、ズッシリと重いリズムで提示しているのです。
彼らのサウンドは、正確にリズムを刻むドラムとギター、その上を浮遊するオルガンとシンセ、やり過ぎなくらい自己主張の強いベースで成り立っています。
この強引で高音がキツめなベースラインが初期のストラングラーズの柱になっていて、後に全ての楽器のバランスが整っていき、中期以降の「聴覚の彫刻」言われるサウンドへと進化していきます。
パンクといえば若者の血と汗が滲む攻撃的なガキンチョのロック!というものが一般的な解釈かもしれないのですが、ストラングラーズはデビュー当時(1977年)で、Vo,Guのヒュー・コーンウェルとKeyのデイブ・グリーンフィールドが28歳、Vo,Baのジャン・ジャック・バーネルが25歳、Drのジェット・ブラックにいたっては確か37歳とか30代後半で、ビートルズやストーンズと同年代なのです。
しかしその分、他のパンクバンドと大きく違うのは人生経験も音楽経験も豊富で、全てに於いての間口が広いのが特徴です。
彼らはきっと、パンクというムーブメントを大人の視点で利用して、その波に上手に乗っかったわけですな。
ちなみにベースのジャン・ジャック・バーネルからは、フレーズの組み立て方などベーシストとしての影響を個人的に大いに受けていたりします。
そしてこの人、綴りはJean-Jacques Burnelといい、雰囲気で分かるようにフランス人です。
そして三島由紀夫の愛読者でもあり、その流れか武士道の思想にも影響を受け、空手の腕に覚えのある彼は日本公演の際に極真会館に殴りこみに行き、アバラを折られて退散するという珍事までやり遂げ、パンクを変な意味で体現してしまっている。
そして今では士道館空手ロンドン支部長を務めながら、ストラングラーズの屋台骨としてバリバリに現役で活躍しているパンク界の変り種で、そんな奇行や一本筋を通すところに男惚れさせられてしまう要素もあり、人間的に魅力があるから今でも人気者なのですな。
Vo,Guのヒューは1990年に脱退してしまますがバンドは今でも現役で、おれ自身まだライブを体験していないので、ストラングラーズは今最も観たいパンクロックバンドです。


Nice n'Sleazy / The Stranglers 1978年
03/20|MOLICE 07||TOP↑
もう一昨日になりますが、国分寺へ足を運んでくれた皆さんどうもありがとうございました。
来てしまえばお酒代以外は掛かりませんのでまた来週も遊びに来て下さい。

そうそう、パンクロックの概念ってものはみんなそれぞれが持っているもので、それはロックという括りと一緒で、時間の流れの中で変化するから統一できるものではなくなっているんだね。
おれなんかはどうも、クラッシュやスティッフ・リトル・フィンガーズや前回取り上げたデッド・ケネディーズのような、姿勢として政治色を前面に出すバンドがパンクだ!なんて思っていた節もあったりもして、初期パンクが盛んだった1970年代後半頃の日本は飽食の時代に突入していたので、そんな裕福な国にはパンクなんてなかったんだって思っていたのが高校生の頃。
なので、「職安行っても仕事はネェし、その辺の空き家に盗んできた楽器を持ち込んで、勝手に音鳴らしてバンドでもやるか!」なんて生活の不安とか不満を歌詞に乗せて叫ぶのがパンクだって決めていました。
ただ不満と反抗とスタイルだけではパンクは成立しないもので、そこに生活の不安という要素がなければ起爆しないのですな。
この不安がさらに落ち込むと飢餓になるので、パンクが飛び出す地域というのは、そのシーン自体が社会への警鐘と言えよう。
パンクはイコール不良ではなく、弱者ってのがもしかしたら正しいのかも知れない…あくまでおれのかつての概念で。
今の日本だったらこの概念でのパンクが成立する要素がいっぱいあるわな…
足立区辺りから近い将来、新たなパンクシーンが飛び出す予感。
あ、この場合のパンクは、別に音楽って括りでなく、何らかの若者が発する現象のことね。

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このスティッフ・リトル・フィンガーズの1stアルバムを相当久しぶりに聴いてみると、あれ…こんなにショボかったかな?って思えてしまったのが少し悲しい…
北アイルランド、ベルファスト出身ってところに言いたいことの材料がたくさんありそうだ。あるのです!
おれが購入した当時、輸入盤でしか手に入らなかったので歌詞の意味をちゃんと調べませんでした。12曲目の「Alternative Ulster」では、タイトルで指しているアルスターという地名から明らかに北アイルランド紛争を歌っているのは間違いないでしょう。
聴くところによると、アルスターの代わりを手に入れろ!と歌っているようで、なるほど!イギリス統治下であるこの地域を取られた代わりを手に入れようと言うのね。
イギリスのクラッシュが反アメリカと歌えば、北アイルランドのスティッフ・リトル・フィンガーズは反英を掲げて、アメリカのデッド・ケネディーズのメンバーは市長選に立候補すると…
なんだかおかしな堂々巡りですな。
そんなスティッフ・リトル・フィンガーズのこのアルバムには、後に同じアイルランド出身のU2が大ヒットを飛ばした「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」と同じテーマの曲を5年ほど早く収録していたり、ボブ・マーレーのヘロヘロなカバーが入っていたり、これもまた楽しいアルバムなのです。
ちなみにボブ・マーレーはパンクだと思う。


Alternative Ulster / Stiff Little Fingers 1979年
03/18|MOLICE 07||TOP↑
前回は過去10回分のブログの内容をまとめたので、先10回は「青き10代、心ののパンクロックを振り返る」と題しまして、中学、高校時代に聴いていたパンクロックをテーマに振り返ろうかと思います。

若き時分は日本のスターリンやアナーキーといったバンドも好んでよく聴きましたが、やはりロンドンパンク、NYパンクといった、先駆的なものに大いに惹かれまして、セックス・ピストルズの「勝手にしやがれ」なんかは、これまでにCD、LP合わせて5回くらい買っていて、貸しては返ってこなくなり、また買ってしまう…と、そのくらい聴き込んでいました。
じゃあおれは、パンクロックの何が好きだったのか、攻撃的なサウンドか!奇抜なファッションか?いやいや、最も惹かれた部分はバンドの持つ思想と哲学といった生き方だったように思います。
パンクロックにはいい意味でも悪い意味でもたくさん騙されました。

今、東京都知事選挙の立候補者の名前が次々と挙がっていますが、中には変り種が出馬したりもして、そんな報道を耳にすると思い出す人がいるのです。
ジェロ・ビアフラ。アメリカ西海岸はサンフランシスコ出身の80年代に活躍した、ハードコアの先駆的なバンド、デッド・ケネディーズのボーカリストがこの人。
はじめにロンドンパンク、NYパンクって言っておいて西海岸かよ!って思うかもしれませんが、そこは気分と文章の流れですのですみません。
このビアフラという人は、かつてサンフランシスコ市長選挙に立候補して、見事10人中4位で落選したことでも知られています。
バンド名のデッド・ケネディーズという名前からも、どこか政治色の強い印象は受けるのですが、自称、無政府主義者、要するにアナーキズム、パンクなのです。
このデッド・ケネディーズの作品は、オルタネイティヴ・テンタクルズというインディーズのレコード会社からリリースされていて、この会社の設立者がビアフラ本人で、多くのアングラなアーティストを世に輩出したりと、あらゆる面でとても活動的な人なのです。
ジェロ・ビアフラという名前は本名ではなく、この名前にも皮肉なメッセージが込められていたりして、パンクロックというものには、掘れば掘るほど思想や哲学が組み込まれていて、思春期のおれにはそれが愉快だったわけです。

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そんなビアフラ率いるデッド・ケネディーズの2ndアルバム、Plastic Surgery Disasters収録のラストナンバー「ムーン・オーバー・マリン」には、偏った思想や皮肉や卑猥な文句がありません。いや、多少皮肉交じりではあります。
♪海は汚染され、タンカーは座礁し、そこに棲む生き物が死んでいても月明かりは油まみれの海を照らしている。
うーむ…社会問題を指摘しながらも情緒溢れている。素晴らしいではないですか!
他の曲が恐ろしく速いために、このごく普通のテンポのロックナンバーがとてもスローなナンバーに聴こえてしまうのもまたご愛嬌。
アルバムとしては1stの方が好きですが、この異色なバラード??は別格です。
ありふれたコード進行、優れたメロディライン、開きっ放しのハイハット、無理矢理ギターソロについてきてしまうベースラインも他では聴くことのできない奇抜さがあり、非常に楽しい曲です。


Moon Over Marin / Dead Kennedys 1982年
03/11|MOLICE 07コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
日々感じることを今聴いている音楽と共に紹介!というテーマでブログを書き始めて約一ヶ月。
はじめの一ヶ月で10回書くというノルマが自分の中にありまして、ノルマ自体が緩かったため、それは楽々とクリアしました。
物事を始めるという時に、はじめは計画通りにいくもので、何事も難しいのは継続なのです。
例えば、日記を毎日書く!と決めて、半年間毎日書き続けていたのがある日、一日だけ書けなかったりすると、それがやがて三日間隔になり、一週間間隔になり、一度切れた緊張感は僅かな傷口から広がっていくものです。
これからもなだらかな曲線を描くように、のんびりと継続しながら書いていこうかと思います。

さてさて、これまでにブログを10回書いた中で挙げた曲を並べて見ていると、とても面白いことが分かります。

1、Police & Thieves(ポリスとコソ泥) / ジュニア・マーヴィン
2、Bigmouth Strikes Again / ザ・スミス
3、Combination Of The Two / ビッグ・ブラザー・&ザ・ホールディング・カンパニー
4、If Music Could Talk(もしも音楽が語ることができるなら) / ザ・クラッシュ
5、QUE SERA SERA(Whatever Will Be Will Be) / スライ&ザ・ファミリー・ストーン
6、Tomorrow Never Knows / ザ・ビートルズ
7、Waiting For The Band / ニッキー・ホプキンス
8、Motel(DinerAuMotel) / マイルス・デイヴィス
9、Isolation / ジョイ・ディヴィジョン
10、When The Music's Over(音楽が終わったら) / ザ・ドアーズ

はじめはポジティブな楽曲を挙げていますが、徐々に文章も内向的な内容になっていき、後半ではカナリ陰湿なテーマと楽曲を挙げています。
このブログを書く間に、おれ自身に心の変化があったのでしょうか…
特別に心理学の知識があるわけではないですが、自己分析してみると思い当たる節があったりなかったり…
こういったことは普段気付かないもので、一ヶ月という短い期間でも書き続けることによって比較、検証できることなんだなと思うのです。
やはり継続というのはとても大事なことで、発見があればやはり面白いものだなと感じました。


※今日も音楽を聴きながら書いているわけですが、これまでのまとめってことで、文章と曲が繋がらないのでBGMの紹介はナシよ。
次回を乞うご期待!
03/08|MOLICE 07コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
おれの中で音楽が終わったら?
それは困るなぁ…
流行り廃りで聴いている覚えはないので終わりはありません。
おれの中で音楽が終わったとしたら、きっと…
毎日食っちゃ寝、食っちゃ寝で、起きて仕事して、休日には丸一日、あらゆるつまらないことで貴重な時間を消費しながら、地球の寿命を縮めることにひたすら加担するだけの、無意味で破壊的な生き物になることでしょう。
あぶねー!音楽があるからこそ、どうにかギリギリにとこにいるもんね。
土俵際で踏ん張るエネルギーを与えてくれてるってわけ。
生まれてきた以上、このまぼろしの世界でいつかは死ぬわけなんだから、楽しく充実してた方がいいに決まっている。
ロックってのはジャンルではなく、アティチュードなのね。
そしておれは支離滅裂。
全てはこの音楽のせいよ。

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ドアーズの2ndアルバム「まぼろしの世界」のラスト、10曲目に収録のWhen The Music's Over(音楽が終わったら)を聴いてると、あらゆる危機を感じてしまう。
悲しいことに、おれが持ってるこのアルバムは、古い国内盤のために和訳が付いてません。
ただ、最後の「Music is your only friend,Until the end…Until the end…」これは脅迫だ!
追い込まれたいときにこの名曲を聴きます。


When The Music's Over(音楽が終わったら) / The Doors 1967年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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