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近頃ブログを書くとつい長々書いてしまうおれなのです…

あらま、見事に自民惨敗!というか、この結果への複線は随分と前からシッカリと作られていたわけですが、なにはともあれ、国民はいろんな不安があるわけで、その意思の表れでもあったのでしょうかね。
そんなおれが投票した人は見事落選!
しかしまぁ、なんなんだろうね!
タレントとかスポーツ選手とかアナウンサーとか発明家とか有名女子プロゴルファーの親父だとか…こういう連中は遊びじゃないんだから少しは遠慮しなさいって。
何も考えてないで投票に行く人はアナタ方の「お遊び」に投票しちゃってそれで当選なんかして、真剣に投票に行く人の声が反映されなくなるんだからさ。
でも投票に行って選ぶ意思があるだけいいのかな…
だって中には投票に行かない、年金も払わない、自分の子供の給食費も払わないなんて、とても信じたくない大人もいっぱいいるんでしょ?
それだったら無害なタレントかなんかに投票した方がまだいくらかマシですね。
たまーに投票に行かない人に「なんで投票に行かないの?」なんて聞くと、「入れたい人がいないから…」なんてさ、そんなの可笑しな話で、そんなこと言ったらおれだって入れたいヤツなんか誰もいないんだよね。かといっておれが立候補してどうなるの?
おれなんか立候補するだけの力があったとしても絶対ダメ。みんなの血税で毎日遊んじゃうもん!
選びたい人を選ぶのが選挙じゃなくて、要らない人を排除して残った人に仕方なく投票するのが選挙なんじゃないかな。
だから当選して「バンザーイ」とかやってダルマに目なんか描いてる当選者にはぜひ次回は落選して欲しいものだね。
この行為は勘違いも甚だしい!だって、国民に選ばれてるんじゃなくて、国民から仕方なく頼まれてるんだから、当確した時には今後背負っていく仕事の重圧を感じてもらわないと困るよ。
「バンザーイ」なんてバカやってないで、これは大変なことになったなと神妙な顔を国民へ向けるべきでしょ。
しかし当選した瞬間にボロが出るってスゴイよね!こんな人には絶対に良い仕事なんかできないんだから。
当選した某アナは神妙な面持ちでしたが、ここで書いた内容とはちょっと事情が違いますね。惨敗した自民で立候補でしたので…

そういった意味では前に紹介したデッド・ケネディーズのジェロ・ビアフラ。
あの人が立候補するのも本当は解せない行動で、落選してるから笑い話なのですが、本当にサンフランシスコ市長になってたらどうなってたのかな…?じゃあシュワちゃんは?各地のタレント議員は?そんなのは言語道断です!選ぶ我々にも責任があるのですよ。
選挙は遊びじゃねえ!革命だ!!なんて言うと大袈裟だけどね。

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なんかこの手の話になると、いつもデッド・ケネディーズでビアフラでって感じになりますね。
本当はクラッシュでもピストルズでもいいんだけど。

さて、今回のリクエストは、東京都千代田区は永田町の安部S三くんからのリクエストでデッド・ケネディーズの4枚目にしてラストアルバム、アルバムのタイトルがまたすごいですね!「Bedtime For Democracy」(民主主義よ永眠なれ)から「Gone With My Wind」(風と共に去りぬ)なのですが、えっと、この曲の歌詞というのがですね、権力も崩壊寸前の大統領がヤケ酒しすぎて、酔っ払いながら「おれが死ぬ時はお前らも道連れだ!」とガナリたて、ボタン一発で第三次世界大戦をはじめましょうか!なんてことを歌っています。アホです。
安部S三くん!粋でタイムリーなリクエストどうもありがとうございます!

なんかこんな書き方をしてしまうと、おれがとても反政府主義者みたいですが別にそんなことはなく、どこの誰が一国の長になろうと、いつまでも暮らしやすければいいなと願うが故のジョークであることをご理解ください。

そんなおれは昨晩、元バンドのメンバーのライブを観てきました。超満員です!下北沢clubQueに500人くらいいたのかな?(言いすぎ?)おしくらまんじゅう、押されて泣きそうでした。
昨日は昨日、今日は今日、明日は明日!選挙は選挙!でも安部さんはどうするの?
その日その日に僅かでも自分のすべきことをしていれば、目に見えていなくてもしっかりと前進しているのです。

さて、明日のMOLICEは横浜に登場です。


Gone With My Wind / Dead Kennedy's 1986年
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07/30|MOLICE 07||TOP↑
     123 456 789  計 案 失
楽天  000 301 002  6 8 0 
西武  000 000 403X 7 9 0

勝利投手 [ 西武 ] グラマン(4勝6敗6S)
敗戦投手 [ 楽天 ] 福盛(4勝2敗17S)
本塁打
[ 楽天 ] 礒部 3号 4回2ラン、鉄平 8号 6回ソロ、渡辺直 1号 9回2ラン
[ 西武 ] 中村 5号 7回満塁
バッテリー
[ 楽天 ] 岩隈、有銘、山村、渡辺恒、小倉、小山、福盛 - 嶋
[ 西武 ] 西口、山崎、三井、グラマン - 細川

昨日観てきました。
野球好きな人が見たら、かなりシビレるスコアかと思うのですが……
ペナントレース後半戦の初戦という大事な試合だけあって、両軍エースの先発でした。
怪我から復帰した楽天岩隈は5回まで無失点に抑えて降板。西武西口は四死球を出さない安定したピッチングでしたが、磯部、鉄平といつも通りの悪いクセで一発に泣いて6回4失点で降板。
リードしている楽天は交代するピッチャーがヒットを一本でも許すと即座に交代という、あくまで試合の主導権を譲らないという野村監督の采配姿勢が伺えましが、試合は後半の7回ウラ、西武先頭の和田のヒットを皮切りに楽天の継投策からやっと掴んだ満塁のチャンスで、途中出場のおかわりくんこと中村の豪快なスイングで打球はバックスクリーン脇のライトスタンドへ!
このおかわりくんの満塁弾で一気に同点に追いつくと、それまで意気消沈していた一塁側スタンドがこの日いちばんの盛り上がりを見せた。
この一発で勝利投手の権利を失った岩隈の表情がスクリーンに映し出されると、なんだか切ない気分にもなりました。
試合は4-4のまま、西武はシーズン途中から抑えに抜擢されたグラマンを投入すると、どうにか試合を決めたい楽天サイドは2アウトから草野にきわどい内野安打を許し、決して長距離砲ではない渡辺に甘い球を運ばれ今シーズン第一号ホームランで試合をほぼ決定付けた。この時点でスタンドでは試合を諦めて席を立つ人もちらほらと見え始める。
その裏、楽天は東北の守護神福盛を投入。2塁にランナーを残しながらやがて2アウト、試合は4-6のまま。
バッターはさっき満塁弾を叩き出したおかわりくん。フルカウントに追い込まれフルスイングするとバットは空を切った。試合終了かと会場がため息をつくと、微かに球がバットに掠って地面に落ちていたようで判定はファウル。次の球をよくに見て四球で出塁。これで2アウト1、2塁。
続く今日2安打と勢いのある福地がセンター前にヒット。一人生還してこれでスコアが5-6。ランナーは変わらず1、2塁。
続くムードメーカーの片岡は今シーズン似た場面でサヨナラ打を放っている。しかし東北の守護神も黙ってはいない、片岡はあっという間にフルカウントに追い込まれ、内角に落ちるフォークを捕らえるとライト前へ打球は浮くように飛んだ。楽天磯部がこの際どい当たりの球に追いついて滑り込みながらグローブに触れたものの、そのまま弾いて球は後方へ転がっていく。ランナーのおかわりくんも福地も俊足である。あっという間に二者生還。7x-6で試合終了。
片岡のサヨナラ打は今シーズン二度目。おかわりくんの満塁弾といい実にお見事です。

野球はツーアウトからという古い言葉の再現をリアルに見てきました。
興奮です!!

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果たしておれは本当に野球が好きなのかって、正直自分自身で疑問に思うところがありまして、もしかしたら野球が好きな自分が好きみたいなところがあるかもね~なんてね。
バンドは昔からやってまして、バンドをやり始めた中学とか高校の頃は、初めてできた彼女にゾッコンかのようにバンドに夢中になり、やっぱり野球とかその他のスポーツに興味がなくなって観なくなってしまったんですよ。
思春期にロックに狂って信じるものが一辺倒に偏りすぎたんでしょうね。
でも、バンドもやっていくうちに、バンドの他にもう一品、ムキになれるものが欲しくなったんですよ。
じゃあそのもう一品として、本をたくさん読むとか絵を観に行くとか劇を観に行くとかいうんじゃなくて、確かに自分が表現しない他のものから得るエネルギーってたくさんあります。でも、それらの音楽、文学、絵画等の芸術ってものは、バンド生活の中で興味や関心があって当たり前のジャンルだと思うもので、バンドからかけ離れたもので外部から与えられるものとして、意図的に野球は毎日チェックしつつ、たまに観戦に行っているのです。
でも、バンドもやれば絵も描いて、文章書かせれば面白い!なんて人はやっぱりスゴイと思いますし、器用で才能のある人なのだなと感じます。
おれにとって野球は、星占いを毎日チェックする乙女の感覚で、「よし!西武勝った!明日は良いことあるぞ!」とか「負けたからおとなしくておこう…」とか、そんなふうに生活に取り入れてます。
そうだなぁ他の角度から表現をすると、バンドを菜食の生活とすれば、野球を観る事で肉も食ってるみたいな感じです。かといって野球をやりたいとは思わないですね。基本的に運動は苦手だしあまり好きじゃないので、観る事の楽しみを常に見出しています。
バンドでのライブも、野球の試合も人間が作り出すものなので、かけ離れているようでやはり得るものがあるのです。
昨日の試合を観て思うのは、ライブに例えると、それまでお客さんは何も反応していなかったのに、最後の一曲のワンフレーズで物凄いグルーヴが生まれて会場全部巻き込んだみたいな感じだと思うし、ライブの曲順っていうのは、なんだかスタメンの選手を選んでるような感覚に似ています。
曲の中には得意とする信頼の置ける4番バッターがいて、その曲がライブで不発でも、下位打線的役割の曲が好調だったり、代打で入れた曲がホームラン打っちゃったりしてね。
しかも4番バッターの曲だけではライブは成り立たない。
いろんな球団の4番を集めて勝てない時期もあった某球団がまさにそれ!
ライブ全体の流れってなんだかピッチャーの呼吸とテンポに通じるものがあって、それが崩れたときにバカバカ打たれて大量失点するのと、バンド全体の意識が散漫になって演奏がグチャグチャになるのって似ていると思います。
こういうのって野球に関わらず、味覚音痴のおれが料理に興味を持つようになれば、塩を入れるタイミングと鋭いピッキングの感覚は似ている…みたいな感じでそこにも発見があるのかもしれません。
他人が夢中になっていたり、こだわって頑張ってることに興味を示せば、そこへ自分に反映できる何かがあるような気がします。

どうして写真がグレイトフル・デッドのライブ・デッドかって?
ライブを野球の試合に例えたときに、このバンドは試合のたびに6時間くらいは平気でこなすバケモノだということを思い出したからです。調子がいいと8時間を越えていたとか…
このライブ盤アルバムに収録の一曲目「Dark Star」だけでも23分を超えます。
1イニングに23分攻撃したらけっこうな得点が入っていることでしょう。
グレイトフル・デッドは毎試合が延長戦のようなライブです。
ちなにみ、試合時間が6時間26分というのが国内のプロ野球記録らしく、延長戦などの規定がなかった昔のアメリカでは10数時間も試合をすることもあったようです。
それだけの長い試合で0点に抑え続ける投手の集中力はまさに脱帽です!

おれは今日も野球からロックを、延いては生活を、生き方を学びます。


Dark Star / The Grateful Dead 1969年

07/25|MOLICE 07||TOP↑
昨日、秋葉原まで足を運んでくれたみなさん。どうもありがとうございました!
バンドの方向性がより明確になりつつあるので、これからはさらに安心して我々の製品をお届けできるかと思います。
横浜、下北沢、吉祥寺と、楽しみにしていてください!!

ブログというものを書き始めて半年近くになりますが、間隔を空けて書いてみたり、続けて書いてみたり、けっこうバラバラなペースの上に、バンドのメンバーとしてのブログでありながら、かなり個人的な視点のものが多く、まるで個人所有のブログのように自由に書いてしまい、「こんな書き方でいいのか…」と、ちょっと考えた時期もありましたが、こういうスタイルがおれにとって最も自然なので継続してみようかと思います。
それと、このブログの設定なのですが、コメントを受付けない設定にしてあります。
ネット上でのコミュニケーションは非常に難しいですから。
中には反論したかったり、不快にさせてしまったりすることもあるでしょう。もちろん共感してくれている人もいるはずです。
なので、ライブ会場や、頻繁に出入りしている国分寺ラバーソールにてブログの感想等を受付けますので、遠慮なくおれを捕まえて気軽に声を掛けてみてください!
とまぁ、そんなブログの設定で不憫な点が、自分の書いている文面に対しての反応が分からなかったり、どれだけの人が見ているのか分からないことです。
そんな中、いつの間にか「拍手」という設定が追加されている…
なんだコレは…?と思っていると、その「拍手」が「拍手1」とか「拍手2」とか、はじめはメカに疎いおれは意味がよく分からなかったので放置していたのですが、どうやら見てくれた人が「拍手」を押すと増えていくのですね。
そこは共感してくれた人がいるのだなと解釈させていただきます。
中にはけっこう前に書いたブログを掘り下げて読んで「拍手」してくれている人もいるようで、「ちゃんと誰かが見ている人がいるんだな…」と、思うと少しは気が引き締まる思いでございます!
これまで通り、日々感じることを、今聴いている音楽と共に紹介しようかな…というテーマの下、継続させていただきます。
モリスの情報を入手しつつ、ヒマ潰しの読み物として楽しんでもらえたら幸いでございます。

「拍手」をしてくれた人に感謝の返事を出せないので、お礼の言葉と代えさせていただきます。

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生き様とか姿勢が好きなのはストーンズとラモーンズでして、現時点で音楽的にいちばん好きなのは恐らくこのキンクスです。
やはり歌モノのロックで、そこに民族のカラーを伺えると好きになる傾向があります。
そんなキンクスの中でも取り分け好きなアルバムがこの「SCHOOLBOYS IN DISGRACE 不良少年のメロディ ~愛の鞭への傾向と対策」です。
1970年代のキンクスはセールス面では上手くいってませんが、全て名作です!
要するに、セールスと作品の良し悪しは平行しません。音楽を聴く人個人の感覚や個性で良し悪しが決まるような気がします。
おれ個人の観点から言うと、ビルボードやオリコンでしか音楽を選べない人は、純粋に音楽を楽しめてないのかな…なんて思ったりもします。
好きな音楽というのは、自ら調べて、自らの足を運んで情報を収集して、自らの耳で聴く。多数決の価値観ではなく、個人の価値観を持って音楽を聴いている人が音楽好きなのではなのではないでしょうか?
発掘から発見があると、その音楽は流行り廃りではなく一生自分のものになります。
1960年代のキンクスはロック好きであれば誰でも通る道なのですが、このセールスに失敗していた1970年代のキンクスは情報が少ないだけに、おれにとっては発掘した中の大発見だったわけで、そんな発見が楽しくて、まだ知らない音楽を発掘することに病み付きになるのです。
この「SCHOOLBOYS IN DISGRACE 不良少年のメロディ ~愛の鞭への傾向と対策」というアルバムですが、これもまた、彼らが得意とするロックオペラ、コンセプトアルバムでして、フロントマンのレイ・デイヴィスの弟にして、このバンドのリードギタリストのデイブ・デイヴィスの、同級生の女の子を妊娠させて高校を退学になったという実体験を元にした学園ストーリーが綴られています。
そんな中に、「No More Looking Back」という曲があります。
この曲は、主人公の退学が決まり、送別会では仲間がみんな集まって別れを惜しんでくれたのに、しばらく経って街ですれ違った同級生達に自分の存在を気付いてもらえない…そこで、過去にすがって生きていてはいけないと気付く主人公の少しだけ大人になった姿を歌っています。(カナリお大まかですが…)
振り返るのはやめにしよう。と、歌っているこの曲の内容に対し、ブログとか日記をつけるっていうのは、けっこう過去に後ろ髪を惹かれている行動にも思うのですが、生きている時っていうのは、常に未来を想像しながら過去を振り返っているもので、過去の失敗から多くを学ぶものです。過去が成功だらけではやっぱりそこにすがってしまう気がします。
おれも後でこのブログを見て、「あぁ、こんなこと書かなければよかったな…」なんて思えた方が、もしかしたら先に成功があるのかもしれません。
ブログを書くという、過去を振り返る作業もコツコツと積み重ねていけば何か大きな発見に結びつくような気がします。

タイトルと最後の締めがあまり上手に結びつきませんでした。
ちなみにこのアルバムジャケットのポップなイラストを手掛けているのは、元Tレックスのパーカッショニストのミッキー・フィンだそうです。


No More Looking Back / The Kinks 1975年
07/21|MOLICE 07||TOP↑
つい先日、新潟県柏崎周辺でまたも大きな地震があり、あの周辺で暮らす人達は3年前の中越沖地震以来なので、人生の中で一度味わうかどうかの惨劇を2度も体験したことになり、東京で暮らすおれには想像もつかない程の大変な思いをされているのだと思います。
もちろんこういったことは他人事ではないのですが、地震による天災以上に、取り返しのつかない人災の方がよほど恐怖に感じます。
天災は誰も責める事はできませんが、人災は人間の責任です。
人災というものは人間同士の醜い亀裂を生み出し、その恨みは被害者も加害者も、それを取り巻く家族や友人も多く巻き込み、一生どころか子供や孫の代にまで尾を引きます。

今回の地震のニュースを聞いて、真っ先に恐ろしくなったのは、柏崎刈羽原子力発電所での火災とトラブルです。
人類はチェルノブイリという悲劇を目の当たりにしているのに、どうしてまだ原発を作り続けるのか。
それ以前に、原発の本当の恐ろしさや人体や人類に与える影響というものをどれだけの人達が理解しているのか。
それを知っていれば、多くの人が原発はいらない!と言えると思う。
知ってもらいたいし、知るべきだと思う。
確かに生活に於いて、電気は必要なものでその多くを原発に依存している。でもその電力というのは必ず必要なものなのだろうか…?
おれはそうは思わない。
必要以上の電力を消費している。おれが今こうしてインターネットを利用することもまた、生きていく上で必ず必要なものだとは思ってはいない。
それ以上に、大量生産や無駄な営利目的などで使われるエネルギーというものは必ず必要なものではない。全ては利益のため、欲望や地位や権力のために多くの電力が消費され、その電気の多くは原発で賄われている。
新宿や渋谷の夜があんなに明るい必要があるのだろうか…?
電車を2分間隔で走らせる必要などあるのだろうか…?
その電車の中にある過剰な広告は必要なのだろうか…?
朝方街を歩くと異臭を放つカラスの餌になるだけの残飯は必要か…?
それら無駄なもの全て原発が賄っているといえるでしょう。
あると便利なものはなくてもいいものだと思う。
じゃあ、なくてもいいものはなくしていけばいい。
どうしたらなくせるか…消費者が必要以上に欲しがらなければいい。
そんなことしたらお金が回らなくなって国が破綻するじゃねぇか!
なんて声も聞こえてきそうですが、おれは膨れ上がっていく借金で国が破綻すること以上に、原発でこの国が滅びることの方が恐ろしいです。
地震多発地帯の静岡にある浜岡原発は、活発な活断層の上にあります。この原発の建設許可を国は出しました。国が認可したということは、何か起これば国民の責任でもあります。
福島原発は発動から40年以上が過ぎ、建物も老朽化が進んでいます。でも、取り壊して新築することができません。放射能が漏れてしまうために解体できないのです。
全ての原発は作るのは簡単だけど解体ができず、それらの管理を未来永劫子孫達に任せるしかないのです。現代人の贅沢や欲求のツケを自分達の子供、孫、そのまた孫、そのまたまた孫へと払わせていくことになります。
それがどうでしょう。先日の震度6の地震で火災発生というのは?
関東大震災や阪神淡路の地震規模の揺れと災害が静岡や福島に直撃したらこの国にはもう誰も住めませんよ。
当然隣国の韓国や中国にもたらす放射能の影響も大きいでしょう。
そんな国を捨てて離れたとして、自らずさんな管理で滅ぼさせた日本人を快く受け入れてくれる国は間違いなくどこにもないでしょう。
結果1億3千万の人災難民を生み出し、世界から差別されることは必至です。
世界的に見ても、原発をいまだに作り続けているのは日本だけで、100基近い原子炉を保有しています。
どうしてそんな危険なものを作り続けるのか?
儲かる人間がいるからです。
民間にできることはこれ以上作らせないこと。必要とさせないこと。それだけです。

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国内でいちばん好きなバンドを挙げろと言われたら、おれは迷うことなくこのJAGATARAを挙げることでしょう。
そんなJAGATARAの中で一番好きなアルバムは「南蛮渡来」一番好きな曲は「都市生活者の夜」なのですが、事実上ラストアルバムになってしまったメジャー配給でのアルバム「それから」に収録の「中産階級ハーレム」という曲と、先に挙げている内容には深い接点があるようにも感じます。

♪受験戦争と高度成長に乗り遅れた者は使い捨ての100円ライター
♪さしせまるエネルギー危機には一億火の玉原子力

と歌う、故・江戸アケミ氏の歌詞からバブル景気の頂点だった頃の日本の背景が見て取れます。
バブルなんてのは今でも語り草になっているようですが、その恩恵を与れた者は多くいたものの、それこそ100円ライターのように扱われながら働く人も多くいたようです。
国民が贅沢を覚えればエネルギーの確保は必要で、それによって作られた原発に今の我々の生活も支えられているのも事実です。
池田内閣の所得倍増計画によってはじまった高度経済成長により国民は肥えていき、みんなが中産階級という格差のない社会が出来上がった。
それは素晴らしいことで、画期的なことであったのは間違いなく、しかし、その裏側には原発などの問題がひしめき合っていたのです。
そんな「格差のない社会」も今では「格差社会」と騒がれ、残ったのは借金などの山積みになった問題ばかりです。
江戸アケミという人が生きていたら、今の世の中をどう見ていたのでしょう…
JAGATARA好きの某知人が、「この人が生きていたとしても、いつかはJAGATARAを辞めていて、今頃は一人でフォークシンガーになっていたと思う」
と言ってまして、おれは「ナルホド!」と思いました。
そんな「もし生きていたら…」の匂いも漂わせるこの曲のメッセージ性は18年経った今でも色褪せることなく説得力を感じます。
JAGATARAを語るときに何かにつけてこの江戸アケミという人物がどうしても真っ先に挙がってしまいますが、JAGATARAの最も魅力的且つ最大の武器はバンドのグルーヴです。
そこは絶対にお見逃しなく…

そうそう。数年前に東京電力が、使い終わったプルトニウムを地中に埋めて管理することが私達の宿題だのなんたら。みたいなCMを流していましたが、どうやらそれもダメみたいですよ。
地中の奥深くには、人類がまだ見たこともない生き物や微生物が存在し、プルトニウムを入れたケースを長い年月をかけて食い破る恐れがあるそうです。
そこから放射能が漏れればどんなことが起こるかは周知の通りです。
人類はまだ原発を使いこなすだけの知恵と技術を持ち合わせていないんですよ。
人間程度の生き物が自然や地球まで支配することはできません。
今人間は、地球という親を殺して、自らもその命を絶とうとしています。
なんて言ったら胡散臭いし大袈裟ですね…


中産階級ハーレム / JAGATAR 1989年
07/18|MOLICE 07||TOP↑
ラモーンズ、ストーンズ、ベースボール。
この三つを話し始めると、おれの話は長くなります。

北海道日本ハムファイターズ
千葉ロッテマリーンズ
福岡ソフトバンクホークス
西武ライオンズ
東北楽天ゴールデンイーグルス
オリックス・バファローズ

以上、順番は上から今日までの日程のパ・リーグの順位なのですが、言いたいことはペナントレースのことではありません!
北海道、千葉、福岡、東北。地域名を冠打ったチームは地域密着に成功し、観客動員を伸ばしています。
オリックスに関しては本拠地が神戸なのか大阪なのかはっきりしないとかそんなことではなく、近鉄との合併などで、それまで持っていた愛着を失った人も多く、それ以上に関西全土を見方に付けている阪神がある。よって、大阪オリックスにしたところであまり影響はない気がする…
いちばんの問題は西武。なぜいちばんが西武かって…それはおれの地元で、生まれてこの方西武の野球ばかりを見てきたおかげで人生の一部だからです。
今、西武ファン、パ・リーグファン、野球ファンの間で囁かれているのは、この西武ライオンズというチーム名の呼称。
やれ、埼玉西武ライオンズがいい!とか、いやいや所沢西武ライオンズがいい!などという討論が繰り広げられている。
しかしおれにはどっちの呼称にも愛着が沸きません。なぜならばおれの地元であり居住する地域は、西武線沿線の東京多摩地区だからです。
そもそも西武とは何か?それは企業名であり、西武鉄道をはじめ、西武デパートはもちろんパルコやらプリンスホテルやらをひっくるめた西武グループという大会社なのですが、西武という名前自体には「武蔵野の西」という意味があり、武蔵野とは大まかに、荒川と多摩川の間の地域のこと。
西武鉄道の結ぶ線というものを見ると分かるように、池袋から秩父、新宿から川越、この二つの線がクロスするところが所沢で、さらに国分寺や拝島へと枝分かれしている。
このように、西武鉄道の通る路線というのが武蔵野の西地区をカバーしているので、西武という呼称に関しては地域名を抑えているのです。
よって、埼玉にしてしまうと多摩地区をカバーできず、所沢では都市としての規模があまりに小さく、ベイスターズの横浜や旧オリックスの神戸には都市名としては到底敵わない。
それだったら武蔵野西武ライオンズでいいじゃないか!などという案も実際に出てきていますが、武蔵野というのは東京もほぼ全域をカバーしていて、そうなると東京には読売ジャイアンツとヤクルトスワローズがあり、この二つの球団の了承が必要となりますが、プロ野球の世界を牛耳っている前者は特に頑なに拒否することでしょう。
それ以上に、前にも挙げたように西武というのは武蔵野の西という意味がある上に武蔵野を付けてしまうと、まるで東京都西東京市みたいな地域名ゴリ押しのヘンテコな名前になってしまう。
だからおれは、西武ライオンズのままでいいんじゃないかなって思う。
「西武」という企業名に含まれたその意味の認識を広げることが地域密着につながる鍵なのではないでしょうか。
武蔵野に在住のみんな!西武ライオンズを応援しよう!
そして、試合に勝ったときには共に肩を叩き合おう!

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ついに出ちゃった!大本命!
こっから長~いラモーンズの話?って思うかもしれませんが、ほどほどにしておきます…
このアルバムは記念すべき1stアルバムですが、正直言うと初めてラモーンズを聴く人にはこのアルバムはオススメしません。
多くのガイドブックにはこのアルバム一押し!みたいに書かれていますが、このアルバムからラモーンズを聴く人はマニアにはなりません。
その辺の話は前に書いたブログを参照ということでお願いします。
ラモーンズといえばあの前髪パッツンな髪型。この髪型といえばジョニー・ラモーン。ジョニー・ラモーンといえば野球好き。このジャケットのいちばん左がその人です。
そう、彼もまた地元の球団を応援していた。名門ニューヨークヤンキースですね。
日本に来日の際には東京ドームで巨人戦を観戦していたようです。
2004年にこの世を去っている彼は、巨人戦で松井秀喜を見て、2003年にヤンキースに入団した松井のユニホーム姿も見て、この世を去ったわけですね。
まずい…話が長くなるから修正!!
「ラモーンズ」「野球」というキーワードでおれが連想する曲といえば、このアルバムの2曲目に収録されている「Beat On The Brat」。
なぜかって?それは是非聴いてみてください。
でも…この曲で歌われているようなバットの使い方をしてはいけません。
ジョニー・ラモーンという人は、ギタリストでありながらギターソロは一切弾かず、バンドに曲も提供せず、それでも、いや、だからこそ22年間ラモーンズの顔でした。
彼はこのバンドに於いて、音楽云々の理屈や理論ではなく精神的支柱だったのです。
おれはこの人を今のプロ野球選手で例えるならば、引退宣言したヤクルトの古田敦也なんじゃないかなって思います!
この古田敦也という人も間違いなく今の日本プロ野球界の精神的支柱ですからね。
天性の実力や能力だけでは人間は人間を魅了しません。

そうそう!余談ですが、一時ウワサで西武ライオンズの本拠地が京都に移転!?なんてことも囁かれた時期がありましたが、京都は無理ですよ!だって、京都も関西だから阪神のホームグラウンドだもん。
もし仮にそんなことが起きたら、おれは西武ファンからヤクルトファンに亡命します!だって、都営13号線が開通したら神宮球場まで乗り換えなしで30分足らずだもん。
でもね、ヤクルトはスワローズだけに燕市!政令指定都市になった新潟市の隣の燕市に本拠地を置いて、北陸ヤクルトスワローズなんてことになれば、あの辺りは相当盛り上がるだろうな…なんて思う。
そしたら読売を応援?いやいや。もう野球は見ません!
FC東京を必死に応援します。
東京も所詮いち地方都市ですよ。おれはそんな一市民なだけです。


Beat On The Brat / The Ramones 1976年
07/15|MOLICE 07||TOP↑
久しぶりに書いていなかったブログを書こうと思って書きました。
間が空いていたので、内容のあることを書こうと思い、考えながら気合を入れて2時間近く掛けて書いたのですが、エラーで消えてしまい、原文も残ってません。
すこぶるパソコンの調子が悪いのです。
消えたことが分かった瞬間、ついマウスをぶっ壊してしまいました。
世界ではもっと大きな問題を抱えているのに、自分はとても小さな人間だなと…
この部屋ではおれという宇宙で大戦争が巻き起こっています。
大好きなキンクスを聴きながらです。

あ!この間、渋谷チェルシー・ホテルに観に来てくれたみなさん!どうもありがとうございました。
おれは本家チェルシー・ホテルに行ったことはありません。

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イライラしたときに気分を落ち着かせてくれる曲って誰にでもあるのかね…?
キンクスのオリジナル・アルバムとしては8枚目のアルバム「アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡」というアルバムの9曲目の「マリーナ女王の帽子のような」という曲を聴けばおれは一発でおとなしくなります。子守唄のようなものですかね。
思いっきり邦題で書き連ねてますが、キンクスは英国のバンドです。
やはり天才、レイ・デイヴィスは凄いです!
このアルバムはいわゆるコンセプトアルバムでして、19世紀末、世界のジャイアンだったイギリスの栄光の裏にある、一般市民の生活と洗脳された兵士の苦悩の非常に深いメッセージが込められた物語です。
アルバムの後半に登場する、前に挙げた「マリーナ女王の帽子のような」という曲では、この時代の世界の大国、大英帝国の低級層の婦人や紳士は、王室の人物や大物政治家と同じ帽子を身につければ、それだけで高貴な気分を味わえる…けど、その市民たちは、その日食べるものもままならない生活を強いられている…とった描写を簡潔に捉えてている。
この曲の主人公の婦人は、その女王と同じ帽子をかぶるだけで満足感と幸福感に満たされるのである。
なんだか人間なんて金や地位だけを追えばどこまで行っても満足しないし、でも逆に貧しい層の小さな世界に充足した人がいたりして、結局人間が満たされる時っていうのは、自分自身の地位や立場、身の程を知って、その中での楽しみや、満足を見出したときなのかな…なんてことを漠然と思ってしまう。
それって向上心がないってことなんじゃないの?なんて思ったりもするけど、それを見出した人を邪魔したり、入れ知恵したりすするのが悪なんじゃないかな…なんてことを思う。
それは低級層だけでなく、高級な地位にだって与えられた役割があるのだから、欲があるというのはそういうことだ。
悲しいことに、高級な地位の人間の欲というのは必然的に低級層に直接響いてくる。
うーん…日本の今の政治なんてまさにそうなんじゃない…?一般市民にとっていらないものが余りに多い気がする…
貧乏人も金持ちもそれぞれの苦悩があるわけで、結局自分を満足させるのは自分自身なんだね。

とまぁこの「マリーナ女王の帽子のような」という曲を聴くと、いろんなイライラや欲求を浄化させてくれるわけです。
はぁ…やっとイライラが収まった!
ちなみにマウスは何個か予備があるので大丈夫です。
壊しても平気なものを何気なくに選んでいるんで、実は冷静だったりして。


She Bought A Hat Like Princess Marina / The Kinks 1969年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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