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もう一昨昨日になりますが、下北沢clubQueでご覧いただいた皆さん、共演したみなさん、ありがとうございました。
次回のライブは9月1日、いよいよモリス発祥の地、国分寺RUBBER SOULでワンマンライブなのですが、入場制限が布かれておりまして、既に予約人数でいっぱいになっております。予約リストに名前のある方のみの入場となっておりますので、当日観に行こうと思っていた方はごめんなさい…
そんな9月1日の『Head on YOU!!』のスペシャルな内容が気になる方はモリスHPでチェックしてみてください。
今回『Head on YOU!!』の予約を取りそびれてしまった方も、『Head on YOU!!』を観ていただく方も、

■9月18日(火)渋谷O-CREST
■10月18日(木)秋葉原CLUB GOODMAN

と、ライブ日程も決まっておりますので、是非コチラにもいらしてください。
今日より明日、明日より来月と、回を重ねる毎により精度を増していく演奏をお届けすることを約束します!

前々回書いたブログに「オーシャン・カラー・シーンのCDを買いました」と書きましたのでそれについて書いておきます。
このオーシャン・カラー・シーンというバンドは、イメージとしてモッズのスタイルを前面に押し出しているのですが、おれなんかはあまりそういったイメージではなく、単純に音だけを聴いて普通のロックバンドという印象を受けます。じゃあどうしてモッズというカテゴリーを提示するのか?それは聴き手がイメージを作りやすいからなのだと個人的に分析するのですが、おれ自身もモッズというと、紳士の国(英国)のスタイリッシュな不良という先入観があることは否めません…
そういった意味で、オーシャン・カラー・シーンの提示する先入観ありきとして、おれも聴いているわけですね。
この90年代のブリットポップという一時代を築いた人達、オーシャン・カラー・シーンをはじめ、オアシスやブラー、パルプもメンズウェアにしてもどこか「モッズ」というキーワードが見え隠れしているようにも思います。
おれはイギリス人ではないので生活様式までは分からないですが、普段の生活に染み付いたものが自然と表面に現れるのではないでしょうか…?
そうなると、オーシャン・カラー・シーンの持つモッズのイメージっていうのは、敢えて提示したものではなく、自然体がそうさせたのかな…なんてことも思うのです。そして、自然体だからモッズ的な音楽とういう印象を受けなくてもスタイルに無理がない。
こういった印象っていうのは、日本人も外国人から客観視されたときにあるものなのでしょう。
じゃあ日本人の印象ってなんだろう…
フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ヤクザ、ホンダにソニー…?
なだかもう分からん!これって指摘されないと自分のことはよく分からないという感覚なのでしょうかね。
そうそう!日本の小学生の背負うランドセルに対して、ジェットエンジンが搭載されていて、空を飛んで通学している…なんて絶対に有り得ない印象を持つ海外の地域があると聞いたことがあるぞ!
もとい!明治維新以降、特に戦後以降は外来の文化の影響が大きくて、日本人独自のオリジナルってものを見失っているようにも思える…でも、そのごちゃ混ぜ感が日本人のオリジナルなのかな?
そんなおかしな日本文化から生まれたものの中でも、こと音楽、特にポップスの分野に関して言うと、海外の文化に大きく影響を受けて派生したGSだったりフォークっていうのは、日本人独特の暗さと陽気さを兼ね合わせていておれは凄く好きですね。
ブームとか文化って可笑しいもので、ワーっと流行るとサーっと引いていって、一時代前のものって凄くダサく感じ、さらに時が過ぎると、「あれ?実はやっぱりカッコイイんじゃないの?」なんて言って誰かが掘り返したと思うと再熱したりする。
そういったものが淘汰されていって今の文化がある。
海の向こうのことって想像力が働いて妙に羨ましくも思えて、自分の足元にあるものってなんだか安っぽく思えてしまったり、でも、海の向こうにいる人にはこっちの文化が羨ましかったりして、そんなことを思うと自分に似合うこととか身の丈に合ったことってなんだろう…なんてことを思うのです。

まさかオーシャン・カラー・シーンを聴いてこんな方向で物事を考えるとは思ってもみなかった。
「ウチはウチ!よそはよそ!」
この言葉ってもしかしたら万国共通なのかもしれませんね。

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しかしこの曲めちゃくちゃカッコイイっすわ!既にかなりのキャリアがあっての後にリリースされたシングル曲なのですが、オーシャン・カラー・シーンのカッコイイ曲はたくさんある中で、おれにとってはものすごくツボで文句なしにこの曲がNo,1です!
そんな「Up On The Downside」は5枚目のアルバムMECHANICAL WONDERの1曲目に収録されています。
ものすごくスタイル・カウンシルの「シャウト・トゥ・ザ・トップ」とか「タンブリング・ダウン」辺りを彷彿させる曲なのですが、ポール・ウェラーとの親交もかなり厚いらしく、けっこう他のアルバムなんかでも参加していたり、このアルバム自体もミック・タルボットやスティーブ・ホワイトといった元スタイル・カウンシル勢が参加しているようで、そういった意味では似ているのはこれもまた必然的なのでしょうかね。
ここでまたいちいち目くじら立てて「パクリだ!パクリ!」なんてやっていたら疲れてしまいます。
なんてことを前回も書きましたね。
同じコード展開でメロディの抑揚もそれほどないはずなのに、全ての楽器が歌ってるから曲全体がポップ。
ギターフレーズのハモりが暑苦しくなく、非常に爽快に聴こえてくるのも、この人達の持つスタイルとキャリアと技術の賜物なのでしょう。
カッコイイもの勝ち!まさにそんな一言でしか説明がつかない曲です。

そうそう、昨日野球を観てきました!
惜しい!繋げば勝てた試合だったのに…
大沼はナイスピッチングだったのではないでしょうか。
いいピッチャーだと思うので、もっと大事に使ってあげてください。
おかわりくん、見逃しではなく、最後はせめて豪快に振って欲しかった…
ライオンズ!このままBクラスでシーズンを終わるのか!!


Up On The Downside / Ocean Colour Scene 2001年
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08/29|MOLICE 07||TOP↑
オアシスの3枚目のアルバム「Be Here Now」って駄作、駄作って言われてて、本人も「作らなきゃ良かった」みたいなこと言っちゃってたりもしてて、当時のメディアもけっこう叩いてた上に、去年の暮に発売されたベスト盤にはこのアルバムからの選曲が1曲もなかったり、やはり扱われ方が他の作品のとはかなり違う。けど、1000万枚近く売ってたりしてて「このアルバム好きなんですが…」って人も多いようです。
確かに1st、2ndと90年代を代表する10枚とかに選出されそうな2枚を輩出した後だけに、その重圧の中で作られたからプレッシャーもあって、あまり良い思い出が本人達にはないのかな?
けど駄作か名作かなんていうのは、もしかしたら作り手ではなく聴き手が決めることで、ましてやメディアの批評や評論家の一論で判断するものではなく、やはり個人個人の聴いた耳の判断に委ねられていると思う。
おれなんかこのアルバムを聴く度に、この頃バイトに行くために乗っていた武蔵野線の景色が浮かんできたり、同じくこの頃初めて行ったイギリスの風景が浮かびます。
そうそう、オアシスのライブ初体験もこのアルバムのツアーで、一曲目に会場が暗くなってタイトル曲の「Be Here Now」のシンセの音が鳴った瞬間に興奮して、リアムと一緒につい、
♪ワッショゥフェイスインザモーニンサンッ!
なんて歌っちゃったりして…
こんなふうに本人が駄作と言っても、おれみたいに思い入れがあったりもする人がきっと世界には大勢いるわけなのです。
確かにこのアルバムにはクドイところがあって、装飾がちょっと大袈裟だったり、曲の尺長が全体的に長過ぎたり、音圧を作るためのギターをかぶせ過ぎだったりと、これらの点が省かれれば前二作に劣らない評価を得られていたのではないか…と個人的には思っています。
でも難しいですよ…これらの点だって本人達はきっとそれまでの作品とは違うアプローチのためにと思ってしたのかもしれないし、完成したときにはベストな状態だったわけでしょうし、そんなベストな状態をこっちもウンウンと納得して聴いているわけだからね。

デモ音源を100枚くらいしか生産してない友達の曲でも、確実におれの中に棲み付いてる曲だってあるんです。
先入観は抜きに、音楽の評価ってそういうものです。
大事なのは、自分の耳で音楽を探すこと。自分の耳で音楽を聴くことですよ。

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久しぶりに通して聴いてみても、やっぱり曲が全体的に長いなぁ~
そんなこのアルバムでいちばん好きな曲は「All Around The World」ですかね。ちなみに9分半もあります!
イメージでは一発目の軽いBのコードで海の中にいて、そこから陸に上がり、ワンクール毎の転調の度に雲を突き抜けてまたデカい世界に広がっていくような景色が浮かび上がってくるのです。
そんで、初めてこの曲を聴いた時には「なんだ!思いっきりビートルズのHey Judeじゃねぇか!」などと思いましたが…なになに、ビートルズだってバディ・ホリー調だったり、アーサー・アレクサンダー調だったり、愛聴した音楽のフレーズや雰囲気を拝借していたりもするのです。
こうして後世へと受け継がれているんだな…などと納得しちゃいました。
ここでいちいち目くじら立てて「パクリだ!パクリ!」なんてやっていたら疲れてしまいます。
ビートルズ好きを公言しているオアシスがビートルズを拝借するのは愛情と言えるのではないでしょうか。
そういえば、この曲のPVも思いっきりイエロー・サブマリンだったな…

イギリスのメディアって対立させるのが好きなのかな…?
かつてはビートルズとストーンズみたいに…
オアシスとブラーみたいに…
ブラーは音楽的に面白くて好き。でも、オアシスの方が人間的に素直そうで、暴言やら失言も含めてウソをつけなそうなところに惹かれてしまう。
なんだか放って置けずにかまってしまうオアシスの、最も放っておけないアルバムがこの「Be Here Now」なのです。


All Around The World / oasis 1997年
08/24|MOLICE 07||TOP↑
おととい吉祥寺曼茶羅に来てくれた多くの皆さんをはじめ、共演したバンド、ナイス選曲のDJ、それと企画者のメリルの皆さん、どうもありがとうございました。
暑い夏にMOLICEのライブはまだまだ続きます!
ホームページで来週のライブもその先のライブもシッカリチェックしておいてね。

実はこの2、3日、自室のCDプレーヤーの調子が悪く、無音の生活を送っています。
ついこの前、オーシャン・カラー・シーンのある曲が無性に聴きたくなりまして、中古CDを探して見つけて買ったのですが、あまり聴けていないので残念です…スタイル・カウンシル調の曲と言えば、ブリットポップ通には「あ、アレね…」なんて分かってしまいそうなオサレで超カッコイイ曲です。
しかしまぁ無音状態の部屋というのも悪くないですよ。
向かいの家の屋根の修理をする音が聞こえてきたり、セミの鳴き声とか近所のチビッコの騒ぐ声なんかが聞こえてきたり、家の前を通り過ぎる車の音がハッキリと聞こえてきたり…
当たり前ですが音楽が鳴ってなくとも音は生活の中にたくさんあるのですね。
無音状態は決して無音じゃないってことです。
なぜならば、地球は生きていて呼吸をしているからなのだ!
はい、そんなふうに自然発生する音というものを考えていると、ここ数日マトモに雨が降ってないな…などと思い、部屋の窓の向かいのコンクリート塀を打ち付ける雨音と、屋根に落ちた雨が雨樋を伝いながら水滴をテンポよく漏らす音の混ざり合いを想像しながら、静かな部屋に雨音のBGMが欲しいな…などと考えたりもしています。
そのくせ、出掛ける時にはちゃんと止んで欲しい…などと、都合のいいことを考える身勝手なおれです。

こんないい加減なことを書いていると、小学生の時に毎日書かされていた日記を思い出します。
「今日は書くことがないので、何もないということを書きます」というふうにダラダラと何もないことの説明を、5日くらい連続で書いて提出したところ、めちゃくちゃ怒られましたね。
「どうせ毎日同じことの繰り返しなんだから、何ないのと同じです」とか言って、ほんと…屁理屈ばっか言う、クソ生意気なガキだったんですよ。先生もブッ殺したい気分だったかと思うんですよね。
でも、何もなくたって、本当に何もないなんて事はないんだよね。
何もないっていうことが、生きていればそこにはあるんだもん。

パソコンでしか音楽が聴けない生活を強引に謳歌しています。

Miss You / The Rolling Stones 1978年
She Bought A Hat Like Princess Marina / The Kinks 1969年
Beat On The Brat / The Ramones 1976年
中産階級ハーレム / JAGATARA 1989年
No More Looking Back / The Kinks 1975年
Dark Star / The Grateful Dead 1969年
Gone With My Wind / Dead Kennedy's 1986年
Ask / The Smiths 1986年
15歳 / Blankey Jet City 1995年
神々の詩 / 姫神 1998年

また10回書きました。キンクスが2回登場してますね。
大まかに年代が60年代から90年代に接近してきているような…そんな選曲。それと、おれって国内の音楽って比較的最近のものを好む傾向があるのかな…そういうつもりもないんだけど、主に80年代以降のものが多い気がします。
そんなことに気付くと、敢えて年代をさかのぼって行って、今夜辺りはナンシー梅木氏のブルージーな声に浸りながら暑い夜を過ごすのもいいかも…なんて思ったりもしましたが、CDが聴けないんだった!
調子の芳しくない、母親から譲り受けた40年物のレコードプレーヤーをちょいちょいと修正して、ゆっくりトム・ウェイツでも聴きましょうかね…
ちゃんとCDプレーヤーも修理しながらね。
08/20|MOLICE 07||TOP↑
サマーソニック’07、アイランドステージへご来場の皆さんありがとうございました。
おかげさまで楽しいステージを堪能し、自分達がステージを楽しめたおかげで、その後に出演した素晴らしい出演バンドを、こちらも最後まで楽しく堪能することができました。
以前にブログで、原発がどうの…などと能書きを垂れまくったおれですが、思いっきり電力の消費に加担してますね。
バンドをやっている以上、電力が不可欠だったりもするので、まさに本末転倒…
ですが現に今、東京に供給される電力は、中越地震の影響で20%カットの状態で維持しているようなので、普段は個人として節電を心掛けなくてはイカンのかな…なんてことを思ったりもしています。
やはりデカくて暑いところは楽しいです!あそこで楽しんだ人の人数を考えると、消費した電力というのは割りに合っているのでしょう!そんなことも思い、解釈しました。
日々思うことと行動が時折噛み合わなくなるのもまた、それは自然なことなのでしょうね。
そして、MOLICEはまだまだ続きます!
次回は8月18日、吉祥寺曼茶羅に登場!サマーソニックの熱気をそのままお届けします。
チケットの予約はMOLICEホームページで承っておりますので、気兼ねなく連絡ください。

人が多く集まり熱狂し、人の手で作った大きな建物やステージを見ていると、今度はそうでないところへ足を向けたくなるのです。
同じ東京都なのにこんなところがあるのか…ふと、思い立って奥多摩へ足を向けてみました。
いくら人間が1000メートル級のビルを作ろうとも山のデカさには到底適わない。いくら人間が緻密に計算して限りなく生物に近いロボットを作っても、複雑な川の流れとそのリズムには到底適わない…そんなことを思いました。
山がデカい、雲がデカい、空がデカい…そんな当たり前のことを都会の利便性に頼り切って生活しているとつい忘れてしまい、ふと気付くとそれら自然を確認したくなるのです。
東京はデカい…新宿も東京で、奥多摩も東京。そのまるで正反対な二つの点がたった一本の線で結ばれているのです。

さて、JR中央線から分岐する青梅線を経て奥多摩駅を下車します。そこからバスに揺られること1時間。ケータイは機能せず、タダのハリボテと化します。文明の利器も大自然を前に無力です。
目指した先は巨大な鍾乳洞です。
この鍾乳洞の中は夏でも冬でも温度が一定の11度。真夏なのに寒いです。
天井が低く岩がゴツゴツとしていて、入って早速頭をぶつけ、軽い脳震盪の後に出来上がったのがタンコブでございます。
気が遠くなるほどに長い時間を掛けて作られた鍾乳石を見ていると、時間の感覚が分からなくなり、広い空洞へ出ると果てしなく上まで続く天井が真っ暗で吸い込まれそうです。それらの景色はまるで、子供の頃に見た地獄絵図の風景のようで、きっと昔の人は、こういった地底の世界を目にすることで、死後の地獄の世界というものを連想したのでしょう。そんなことを思うと、人間の持つ想像力やイメージというのは、やはり自然が作り出す形や模様や色使いには適わないのだと改めて痛感します。そして、それは今の時代も変わらないのです。
自然のデカさやその脅威というものは、都会に暮らしていると忘れてしまい軽視しがちです。
自然に生かされ自然の中にいて、自分もまた自然の一部なのだということを見たような気がします。
サーフィンをする人や登山家や釣りを嗜む人達はきっと自然のデカさというのもを知っているのでしょう。しかしおれなんかはこういったところを訪れてようやく思い出すのです。
自分も自然に生かされてた自然の一部だってことをね。

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こういった自然のドでかい風景を堪能すると、この人の曲が勝手に頭で再生されます。
その頭で流れる曲というのは、姫神という星吉昭のユニットの「縄文海流」というアルバムに収録の曲全般でして、見る景色によってその曲がコロコロと変わります。
この星吉昭という人はシンセサイザーミュージックの第一人者とも言われています。現在この人はこの世を去っていて、息子さんが後を継ぐ形で姫神として活動しています。
歌われている言語も、縄文語?と言われる、日本語のような響きを持つ不思議な言語で、シンセによる音世界と遺伝子に投げかけるような言葉とメロディが絡み合い、日本に未だ現存する様々な原風景が脳裏に浮かび上がって来るのです。
おれは観たことがないのですが、神社などで行われるライブが素晴らしいと聞きます。
ドキュメンタリー好きのおれは、NHKをよく見るのですが、このアルバムに収録の「神々の歌」という曲が使われていて、ヒットもしてるので知っている人も多いはずです。
武蔵野や奥多摩の原風景とこのアルバムはとてもマッチします!
いや、奥多摩や武蔵野に関わらず、日本のどの風景でもこのアルバムの曲はマッチするはずです。

そうそう、炎天下の中、奥多摩駅近くの川の木陰で靴を脱いで足を浸しているだけで汗が引いていきます。
夜になればアスファルトの照り返しもなく、涼しい夜が待っています。
そうか…本来はこんなふうに夏を過ごすのがフツウなんだよな…なんてことを思ったりもしました。
ボタン一つで用が済ませる生活を、自然はいとも簡単に破壊する力があり、いつそれが訪れるかは分からないのです。
都会に生きる恩恵を与かっている反面、時折田舎の自然のデカさに触れてみることはとても大事なことだと思っています。
東京に住んで山手線沿線とその内側だけを見て東京と思うなかれ。なぜ都会に暮らすと田舎を軽視し、ひどい場合には蔑視してしまうのだろうか…そんな心がおれの奥底にもきっとあるはずです。
東京の住民として見るべき東京の奥深い姿が多摩地区には多く眠っています。
新宿駅からたったの1050円で奥多摩駅に辿りつきます。車窓の景色が同じ東京でも大きく変わっていく様子を眺めているだけでもその価値はあるように思います。
休日にオススメな小旅行です。

今度は人気のない駅にでも気ままに途中下車してみようかと思います。


神々の詩 / 姫神 1998年
08/15|MOLICE 07||TOP↑
昨日、下北沢SHELTERへ足を運んでくださった皆さん。どうもありがとうございました。
次回のライブは11日のサマーソニックなのですが、18日は吉祥寺曼茶羅、26日は下北沢CLUB QUE(こちらはデイライブ)、そして、9月1日は国分寺RUBBER SOULでスペシャル・ワンマンライブと日程が続いています。
ご予定をご確認の上、チケットの予約をしていただき、ぜひとも足を運んでみてください。

今日、ライブ終了後に下北沢SHELTER内のトイレで用を足していると、ほのかに芳香剤の匂いが…その瞬間、過去の記憶が蘇ってきたのです。
その記憶を辿っていくと、子供の頃に行った親戚の家の間取りや、その家族のことを思い出しました。
きっとこの家で似たタイプの芳香剤を置いていたのか、それともお香のようなものを焚いていたのか、それは定かではないですが、その匂いと下北沢SHELTERのトイレの芳香剤の匂いが記憶の中で一致したのです。
そんな稀な体験をすると、匂いと記憶というのは直結しているんだな…なんてことをよく思います。
キンモクセイの匂いなんかは、人それぞれ思い出す景色が違うでしょう。
例ええば、近所に工場がある所で育った人は、その工場から排出される独特な匂いと似た匂いを嗅ぐことで、その当時を思い出したりすのではないでしょうか。
それは音楽にも同じことが言えまして、その時々で好んで聴いていた音楽というのは、その当時の記憶を蘇らせます。
おれなんかは、ガンズの「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャンクル」のイントロを聴くと、洋楽を聴き始めた中学生の頃の記憶が鮮明に蘇り、プライマル・スクリームの「カントリー・ガール」を聴けば、つい去年の夏の出来事を思い出します。
もちろんごく身近な人が作る音楽にも、そういった記憶を蘇らせる力があり、それらの触れてきた音楽全てがおれの人生のBGMとなっています。
そして、今日のライブで我々MOLICEのデモCDを買っていただいた人達が今頃家で聴いていて、やがて時が過ぎて、ふと「絶妙なスペース」のイントロを聴いた瞬間に、この夏のいろんな出来事を思い出してくれたらいいなと思います。

バンドとか音楽活動をする上で、そういった聴いてくれる人がどのような景色や匂いを感じながら聴いているのかと想像するのもまた、音楽を作ることの楽しみでもあるのです。

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このブランキー・ジェット・シティというバンドも、どの時期がいちばん良かったかということでは意見が大きく分かれるバンドかと思います。
それは、長いキャリアの中で名作を世にたくさん送り出していたことの証なのでしょう。
個人的に恐らくいちばん好きなアルバムがこの「SKUNK」でして、このアルバムが発売された時期に初めてブランキーのライブも体験しました。
そんな「SKUNK」の中に取り分け好きな曲がありまして、それは「15歳」という曲なのですが、この曲の一節にこんな件があります。

♪いつか今のことが、懐かしく感じるのかもしれないね~

この言葉を聞いた瞬間に、懐かしく感じる風景を思い浮かべたり、この曲を聴いていることが懐かしく感じる時のことを想像しました。
やがて時は経ち、やはりこの曲を聴いていた時の事が懐かしく感じるようになりました。
今という時間を懐かしむことはできず、一週間や一ヶ月そこらの時間でもそれを感じることはなく、「懐かしい」っていうのは、それなりの経過が必要で、その経過した時間の密度が濃ければ濃いほど、その懐かしさは深みを増すのでしょう。
そしてまた、いつか今のことが懐かしく感じた時に、その経過が素晴らしいものであった!と思えるような、そんな時間の過ごし方をしなくてはイカンな~などと思う下北沢SHELTERのトイレでの出来事でした。

こんな事を思わせてくれる曲を与えてくれたブランキー・ジェット・シティにはとても感謝です!


15歳 / Blankey Jet City 1995年
08/08|MOLICE 07||TOP↑
拍手のコメントというものをいただきまして、このコメントに対するレスというもの仕方が分からず、相変わらずメカに疎いなと…
その中で遠くエチオピアでお仕事をしている、以前に随分とお世話になった友人からコメントをいただいたので、その人が大好きだと言っていた曲を今日は取り上げてみようかと思います。

おととい、出掛ける時に玄関を出たところの壁に、セミの幼虫が羽化するためにせっせと殻を破っているのを目撃しました。
一瞬驚いて「キモチワリィ」なんて思ったのですが、外気に触れたばかりのその白いセミの姿をよく見ていると、だんだん「ガンバレよー」なんてちょっと応援する気持ちになり、そうなると殻を破って成虫になるまでの一部始終を見届けたかったのですが、人間には人間の生活があり、時間を守らなくてはいけないというルールの下で生活しているので、おれは出掛けることにしました。
それから10時間後、帰宅すると玄関先の地面に抜け殻が落ちていて、「あぁ、成虫になったんだなぁ…」などと思い、辺りの電柱なんかを見渡したのですがどこにもセミはおらず、遠くの方からセミの鳴き声だけが聞こえてくるのです。
「昼間のセミも無事に成虫として羽ばたいたようだし、さて家に入るか…」と、ふと玄関から少し離れた地面に目をやると、そこになにやら黒い塊が…もしやと思い近づくと、おれの全身に鳥肌がぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつ…
殻を抜けたばかりのセミが大量のアリに食われているのですよ。
既にセミの身体は半分くらい食いちぎられており、そのセミの小さな目からは完全に生気は消え失せ、何百というアリがその周りをウジャウジャとうろついている。
10年近くも土の中にいて、がんばって壁に登りしがみついて、やっとの思いで殻を破って羽化したところでアリに食われて息絶えるセミ。
このセミにとっては非常に残念な結果なのですが、それもまた自然の摂理で、そんな自然界の厳しさを、このセミがおれに訴えかけているような気がしてならなかったのです。おれが偶然にこのセミの羽化する姿を目撃し、それを誰かに伝えることは無意味なことではなく、ちゃんとこのセミにも存在した意味があったのだなと考えるのでした。
じゃあ果たしてこのセミを食ったアリ達は悪の存在なのか…そうではありません。
セミにとって外敵であることには変わりはないのですが、アリは自分達が生きるためにセミを食った。アリにとっては仲間と共存するための正義の行動で、もちろんそこには罪悪感もなければ、セミが成虫となるまでのプロセスなど考えてはいない。
それは、牛や豚を食う人間の生活と変わりはななく、人間が戦争を起こす理由なんかも実は正義を掲げて武力を振りかざした残忍な行動なのですね。
人間はなんだかアリに似ているな…
一人では弱いけど、集団になるととてつもない力を発揮する。
おれもまた、一人では無力な人間なのだと痛感するのでした。

ひとつ歳を重ねたこの日のおれは、おれ自身の遺伝子にも組み込まれているはずの、生活の中で忘れてしまっている貴重なものを思い出したような気がしました。
おれもまた人として羽化する目前にいるのでしょうか…

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冒頭で挙げた友人の好きな曲というのはThe Smithsの「Ask」です。
おれもこの曲はザ・スミスの中で5本の指に入ろうかというくらいに好きなナンバーです!
写真はシングルのジャケットで、オリジナルアルバムには収録されていない曲です。ベスト盤や編集盤、ライブ盤で聴く事ができます。
基本的に陰湿で女々しい曲の多いザ・スミスなのですが、この曲の歌詞は珍しく非常にポジティブで、曲調もコード感も開放的です。

♪用心深いのはいいことで、でも生きていく上で用心深さは妨げになる。
だから、したいことや挑戦したいことがあるんだったら尋ねてごらん。

モリッシーってこんなことを言う人なのか?何かの罠なんじゃないか!なんてことを考えてしまいますが、非常に繊細だと思われる人なので、こういった言葉にも何か意図を伺えて深みを感じます。
曲の後半部では、

♪自然は言語なんだ。読み取ることができるか?自然自体が言語なんだ。

こんなことを言われると、セミがアリに食われるというその様子というのは、自然が人間に訴えかける言語で、その見たものを言語に変換するってことで人に伝わるのかな…なんてことを考えてしまう。

日本人は恥ずかしがりやで、おれなんかもその場で聞けばいいことをつい聞かなかったりして、あとで恥をかいたり…
「Ask」っていうのは、恥ずかしいことじゃなく、常に持ち続けていた方が得なのですね!
だから、おれにできることがあれば、
♪Ask me、Ask me、Ask me~
ですよ!


Ask / The Smiths 1986年
08/03|MOLICE 07||TOP↑
プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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