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ガリガリ君が売れすぎで工場を新設する。というニュースを見まして、みんなそんなに食ってるのかよ!と少々驚きました。
「ガリガリ君」とは周知の通りアイスキャンディーの名称ですが、この「ガリガリ君」という言葉を頭の中で連呼しているうちに、この名称の持つ言葉の響きの魅力になぜか取り付かれてしまいます。
恐らく氷菓子の食感から付けられた名称だと推測するのですが、パッケージのいじめっ子風なのに愛嬌のあるキャラクターも含めて、考えた人のセンスの素晴らしさに脱帽です!
さらにこのガリガリ君、アタリ付きで当たればもう一本もらえるシステム。
このアタリを出すおれの確率なんですが、過去10年で、絶対に10回も食ってないだろという中で、2回アタリを出したことを確実に記憶してまして、もう一回あったようななかったような…と曖昧ではありますが、確実にこの確率は高いだろ!と思い、調べてみたところ、アタリは30本に一本の確率だそうで、思えば昔から何かにつけて、無駄に引きが強いんだよな…などと思い出しました。
例えば、自動販売機でジュースを買い、立ち去ろうとすると背後から音が聞こえてくるのです。
ピピピピピピピピピピ…ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…ピーーーー!!!
当たっちゃうんです。言ってしまえば、当たって欲しくない時にこそ当たってしまう。
仕方なしに比較的かさばらない缶コーヒーをもう一本いただいて、カバンにしまい、その日一日活動するのに少しだけ邪魔な荷物が増えている。
なんかおれって、アイスのアタリとか自販機のアタリで大事な運を使い切ってませんか…?
などとつまらない不安を感じることがあります。
ちなみに、悲しいことに鳥にフンをかけられる確率もけっこう高いと思います。
ガリガリ君に話は戻りまして、さすがにいい大人がアタリ棒を持って、コンビニにガリガリ君をもらいに行くのはいかがなものかな…と、そんなことを思うとアタリ棒の処分に困り、結果、なんとなくケータイのカメラでパシャっと撮った後には捨ててしまい、その写真も二度と見ることはありません。
そんなわけでして、おれがアタリを引いても無駄なんですよ!
この変な運を小学生くらいのチビッコに与えてやりたい。というか、中学生以下にしか当たらないようにならんものですかね。

アタリが出るとおれを少々戸惑わせてしまうガリガリ君なのですが、あのキャラクター同様になんだか憎めない奴なのです。
この週末はまだまだ続く残暑が厳しいようなので、久しぶりにガリガリ君でも食おうかしら…
また当たったらケータイのカメラで撮っておきます。
もう一度言うと、30分の1ですよ!

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某芸人さんが、自分の運の悪さの例えとして、CDを買ったら中身(ディスク)が入っていなかった。という、とてつもない低い確率の運の悪さを語っていましたが、おれがこのブラインドメロンのCDを買った時は、ブックレットと歌詞がなく、ペラペラなジャケットに解説と和訳だけが入ってまして、同じCDを持っている友人に指摘されるまではそういうモノなのだと思い、不良品だということにずっと気付きませんでした。よく考えれば和訳があって歌詞がないのって変ですよね。
あと、ディスクの内容が違うというのもありましたね。パンク系のCDを買ったのに、再生するとクラシックが流れてきまして、1曲目でそういう演出から始まってから本編の曲が始まるのかと思い、そのまましばらく曲名の分からないクラシックを聴いていたことがありました。
なんかアタリの話のはずなのに、なぜか運の悪さへと方向転換されてますが、どちらも確率ということでは転がる方向の違いだけなので、まぁ紙一重なことなのかなと思います。

さて、ブラインドメロンといえば、ニルヴァーナのカート・コバーン同様に90年代のミュージシャンで若くしてこの世を去ったシャノン・フーンの存在が多く語られるのですが、それ以前にバンドとしての完成度の高さを堪能できるバンドかと思います。
それにしても、この時代に活躍した人の歌詞ってなんだか凄く内向的なものが多いんですね。
このアルバムには代表曲の「No Rain」が収録されているのですが、これもまた非常に自虐的というか、虚無感を歌っていて、和訳しかない歌詞を眺めると「Cange」という曲は唯一かな…比較的前向きなことを歌ってます。

♪つらい人生と向き合うには自分を変えるしかない。

おれなんかは人生を辛いと感じることがあまりなく、そういう時代に生きていることに大いに感謝すべきなのかと思うのですが、変えたいとか、こうなりたいといった変身願望はやはりあります。
実際に目指していたものに変われたとしても、新たな欲求は必ず生まれてくるだろうし、満たされないということは実は素晴らしいことで、そこからエネルギーが発生されるのだから、常に内なる欲求は持ち続けたいなとは考えています。

やたらと引きの良いおれですが、ギャンブルや宝くじの類のものには手を付けません。
お金ってやつは、人間以上に人間の身の丈ってものを知ってますからね。
おれを金で満たそうなんて、そうはいかねーぞ!


Change / Blind Melon 1993年
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09/27|MOLICE 07||TOP↑
もう一昨昨日になりますが、渋谷o-crestへ来てくれたみなさん、どうもありがとうございました!!
次回の秋葉原clubGOODMANでのライブ詳細はHPでご確認ください。
冬に向けて、よりホットなライブを繰り広げていきます。お楽しみに。

出掛ける前にはいつも、「財布、ケータイ、タバコ…」と、連呼しながら玄関を出ます。
この三つがあれば出掛けても最低困らないからです。
それでも近頃、忘れ物が非常に多くて困ってます…
おととい、出掛けるのに財布を忘れ、偶然ポケットには以前人に貸して返してもらった3000円が入っていたお陰で難を逃れたかと思い、その翌日の昨日、スタジオへ行くときにもまたも財布を忘れ、そして今日、「財布、ケータイ、タバコ…」と、連呼していたら4番目に大事な手帳を忘れたことに気付く…
さらに言うと、実は昨日スタジオでこの前のライブ会場だった渋谷o-crestに、練習の時に必須な3メートルのシールドを忘れてきたことに気付きました。
なんかここまで忘れ物が続くと病気の域に達しているかなと…自分でも思うのです。
しかし、忘れ物っていうのは、意図的に忘れてやろうと思ってするのではないので、悪意がないのに時と場合によっては怒られたりもします。そして、いちばん困っているのは自分本人なのに誰も責められず、ひたすら困った末に周りにもしっかりと迷惑を掛けているのです。
思えば子供の頃、非常に忘れ物の多い少年でした。宿題なんかは意図的に忘れてやったりはしましたが、やれ、絵の具とか、習字道具とか、体育着とか…
怒るんだよね。先生って…怒ったってないものはしょうがないだろ!なんて当時は思ったりもしてたけど、まあそれは怒られますわ。
だから、忘れ物って自分を不幸にするし、周りの人も不幸にするわけだから、時間を守るってことと、忘れ物をしないってことは人として最低限守らなくてはイカンなぁ~などと思うわけです。
いろんなことに「まぁいや…」と、胡坐をかいていると、周りに愛想つかされていつかドッカーン!と痛い目に遭うと思うので、今日から修正したいのだけど…決意だけでどうにかなるものなのかな?
今日は何を忘れるのやら…とビクビクしていればきっと忘れ物もしなくなるでしょう。
取り返しのつかないドでかい忘れ物をしてしまう前に、常に、「財布、ケータイ、タバコ…あと、手帳」の確認を怠らないようにします。

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なんかビートルズって、アンソロジーだのBBCだのネイキッドだの、そういったアイテムを定期的に出す度に「なになに?また何か作ったの?もういいよ…」なんて思うのに、気付くと手元にあるんだよね(アンソロジーは未だに網羅していませんが…)
去年出たコレも発売当初はそんなことを思ったんですが、見事にフル回転で何度も聴いています。
だって、いいんですもの…コレの第二弾とかって出ないのかな?
このブログで二度目の登場の曲ですが、「Tomorrow never knows」って、ビートルズの中でいちばん好きな曲なのかどうか分からないですが、やはり気になってしまう不思議な曲です。
だって、コード展開もC-C-C-C-C…Cオンリーの中にちゃんと抑揚があるんだもの。なんかスゲー曲なのです。
そんなわけでまたこのアルバムを聴いています。
「Tomorrow never knows」って明日のことは分からないって意味のようですが、明日どころか寸分先のことまで分からないのが人生で、2秒後にはハチに刺されるかもしれないし、5分後には大地震が起こるかも…その分からない展開に左右されながら前進していくのが人生です。
まさか財布を忘れるなんて思わなかった…程度のことで済んでるのが不幸中の幸いで、その財布をどこかに落としていたら今頃はパニックです。だから、「うん、今度は気を付けよう!」なんてのんきに思えるわけです。
それが、車で人を撥ねてしまった!!なんてことになってしまえば取り返しがつかないわけで、取り返しのつく小さな失敗から多くを学ぶことで大失敗を起こさない防波堤を敷くことができるのです。

この何日か続いている小さな忘れ物の数々は、きっと今後起こる大失敗への警告と思えば、それらを忘れ物という形で分散してくれているのだと考える前向きなおれです。
ここで反省できないとやらかすぞ!おれの天地を揺るがす大失敗!!
でも、ホント気をつけます…


Tomorrow never knows / The Beatles 2006年(1966年)
09/21|MOLICE 07||TOP↑
世界柔道を見ていて、なんか違和感を覚えるんですね。
日本人選手が勝てていないことに、いちゃもん的な違和感を感じているのではなくてです。
おれなんかは柔道って中学、高校の授業で少しやったことがある程度の見方もよく理解していないズブの素人なのですが、そんな素人目で見ていても、世界のJUDOと日本の柔道って違うものなのかな…なんてことを思うんですね。
青い道着に違和感があるのは言うまでもなく、ただ強さを競うだけのものではない、精神を清めるとかそういう意味合いもあるから礼に始まり礼に終わるはずなのに、なんかもっと神聖なものはずなのに…なんてことを思うんですね。
目の前の敵を力任せにがむしゃらに倒すっていう柔道よりも、まず自分自身と戦いながら目の前の敵を華麗に封じる人の柔道の方がおれは好きかな~なんていう目線で見てしまいます。
どうしても野球に話は反れますが、野球とベースボールもまた違う競技のような気もしますね。
メジャーでいまいちだった外国人選手が日本で大爆発したり、メジャーで日本以上の活躍を見せる日本人選手がいたり、それってどっちの環境やルールに精神と肉体が適応しやすいかなんでしょうね。
こういったことって柔道や野球などの競技に関わらず、仕事でもバンドでもどんなことでも言えるのかもしれません。
そういった意味では、谷亮子選手やマリナーズのイチローといった人の適応能力って並大抵なことではないし、ひれ伏すほどにスゲーな!なんて思うんですね。
勝った人はそれはもちろん賞賛に値すると思いますが、ルールによって敗者になってしまった人でも、自分自身を最大の敵と置いている人が最も強いような気がします。
おれも怠惰や堕落といった心の敵と戦わねば…

柔道の道着や相撲のまわしに、大手企業スポンサーのロゴがバンバン貼り付けられるようになったら国技はおしまいな気がするよ…

なんて話をコヤマタカ志氏と昨日しました。

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そんな日本の誇るロックの名盤って何かな…って凄く考えたのですが、英米からのロックという外来の文化を日本人的に消化して、確かな演奏力と楽曲のクオリティーに加え、日本人の奥深い情緒を捉えた歌詞世界という意味でこのアルバムかなと…
まったく隙のないアルバムの楽曲群の中で、ドアーズ、ミーツ、ジミヘンのような演奏の「颱風」のうねりに身体が自然とよじれてしまいます!個人的にこの曲がアルバム中の白眉です。
明らかに60年代のブリティッシュロックやサザンロックといったもの影響を受けていると思われるのに、徹底的過ぎるほどにに日本語なのがまたシビれます。
カモーン!とかイェーイ!といったシャウトではなく、さぁ来い!とか、ほら来た!といったシャウトがこんなにカッコイイとは…
特に「はいからはくち」の、間奏!とシャウトしてから入るギターソロというのもまた聞き逃せません。
リリースが1971年と随分昔の作品なのに、言語感やリズムにダサさや古さを感じさせないのも、こういった頑固さがあるからなのでしょうかね。
大陸的なリズム感なのに凄く和風。
なんだろうこの混じった感じは…ハンバーガーとかホットドッグにケチャップとかマスタードではなく、醤油とか味噌をかけて食ってるような感じか?
え?そんなの不味いんじゃない?って思うかもしれないけど、食ってみたらメチャクチャ美味い!みたいな…
そんな奇跡的で見事な融合のロックを聴かせてくれるのがこの、はっぴいえんどです。
そういえばバンド名が英語じゃん…って思いつつも表記はひらがななんだよね。

やはり、せっかく国際的に広がっている柔道なんですから、はっぴいえんどのように、いいところはちゃんと残しながら上手に融合していって欲しいものです。
ロックと柔道では出所が逆ですけどね…


颱風 / はっぴいえんど 1971年
09/18|MOLICE 07||TOP↑
日が経つのは早いもので、国分寺RUBBER SOULでのスペシャルな一日から10日近くが経過し、西武ライオンズも今月に入って昨日ようやく一勝と…かつて見たことがないどん底の状態でして、長年阪神やロッテを応援していた人の気持ちが分かるようになりました。
26年連続Aクラスを保持していた記録を崩してしまうのなら、いっそのことここで最下位でも味わって、来年底力を見せて欲しいと思う今日この頃です。
2007年初頭、ゼロからスタートしたMOLICEも徐々に徐々にジワジワと勢いに乗っていき、よりシャープに、よりハードに、そしてよりセクシーに進化していきます。

ナンシー梅木さんって、この前チラっと名前を出してみたら、この人最近亡くなっていたんですね。
昨年(あれ…今年?)アカデミー賞の最優秀助演女優賞候補にノミネートされた菊池凛子さんで話題になってましたが、アジア出身者として初めてアカデミー賞の演技部門を射止めたのがこのナンシー梅木さんなのですね。
演技に関しておれは全くの無知で、それがどれくらいスゴイ快挙なのかということをあまり理解していませんが、ジャズシンガーである彼女の歌声はちゃんとおれの耳がキャッチしています。そして、おれの耳からさらに若い世代へと受け継がれていくことで、この世を去った彼女の歌は色褪せることはないのです。

前にアニマルズのチャス・チャンドラーの人生を振り返ったように、彼女の人生を覗いてみます。
ナンシー梅木(本名:梅木 美代志)1929年5月6日(4月3日という資料もあり謎)9人兄弟の末っ子として北海道小樽市生まれる。
終戦後、彼女の兄が進駐軍の通訳の仕事をしていた関係で、米兵が彼女の実家を訪れるようになり、その米兵達の聴く音楽をきっかけにアメリカのポピュラー音楽に惹かれるようになり、米軍キャンプなどでも歌う中で技術を習得していき、この頃に米兵からナンシーと呼ばれていたことでナンシー梅木と名乗るようになる。その後上京、オーディションを経て、デビューのきっかけを掴んだのが戦後の1949年のこと。
1950年代の半ばにアメリカに渡り、ナイトクラブなどで歌う傍ら映画にも出演するようになり、日本のみならずアメリカでも知名度を上げていき、1957年の映画「サヨナラ」の出演で東洋人としては初めてオスカー像を手にする。
これをきっかけにナイトクラブでも映画出演でも高給を手にするようになり、その地位を高めていく。
1958年にNBCのディレクター ウィンフィールド・オピーと結婚、その後離婚。1968年にはディレクターのランドール・フードと再婚、1978年に死別。
この2番目の旦那さんとの死別を機に表立った活動をしなくなり、アメリカ西海岸辺りでひっそりと生活しているということ以外の情報と消息を絶つ。
ナンシーは健在というウワサだけが浮遊したまま30年が経過した2007年8月28日、ミズーリ州の医療保養施設で、癌のため死去されたそうです。
後に明かされた70年代後半以降の人生は、引退後ハワイに移住した後、最近までミズーリ州で息子夫婦や孫と暮らしていたということでして、それは長い長い幸せな晩年を送っていたことでしょう。
彼女が全盛の頃、何度か帰国していくつかのショウにも出演していたそうですが、ハリウッドやブロードウェイやテレビ・ショウに慣れた歌い方が当時日本では好意的に受け入れてもらえなかったようで、ここは憶測ですが、こういったところに日本という故郷に対する疎外感を感じていたために、アメリカ永住の決断したのかな…なんてことを想像したりしてみます。
(CDのライナーとウィキペディア参照です)
そういった見方をすれば、母国というホームを捨てるという決断の孤独は計り知れないものだとおれは思いつつ、勝手なロマンに浸ったりしてみます。
もし子供や孫がいなかったらどうでしょうね。やはり帰国してたのかな…でも消息を絶った後は、実はミステリアスでもなんでもなく、普通のたくましいオカンだったのかな~なんてことも思いますね。
だって、みんな人間ですから。

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いつも基本的に収録曲の入ったオリジナルアルバムのジャケットを載せているのですが、この人のオリジナルアルバムって実はよく分からないので、彼女が残した2枚のアルバムと何枚かのシングルが網羅されているらしい、おれも所持するこのアルバムで。
どうやらおれが音楽を好む基準ってあるみたいでして、基本的には生音を好むのですが、その中に「泥臭さ」と「ポンコツさ」を感じるとより惹かれるみたいです。
昔から嗜好するガレージとかパンクっておれの中ではポンコツで、煙をモクモクと上げてガタガタと揺れながら走る車なんだけど、ムリして超ブッ飛ばしてる!みたいな…
じゃあ泥臭いっていうと、この人の声なんてもう泥まみれで、思いつきで買って聴いた直後はもう大当たり!泥んこの泥まみれでしたよ。
おれの感覚だとビートルズもツェッペリンも凄く泥臭くて、それって、レコーディング技術ではない、演奏技術のうま味が収まっている感じがおれの表現だといい泥臭さなのです。
なんだか上手く言えません…
基本的にナンシー梅木さんという人は英語で歌うのですが、時折聴こえてくる日本語の歌詞にググッときちゃうんですね。
なぜならば、おれには英語が分からないから…なんかそれはCANを聴いていて、ダモ鈴木が急に日本語で歌いだす感じと似ています。
このCDを1曲目から聴いていて、急に日本語の歌詞で歌い始める4曲目「愚かなり我が心(My Foolish Heart)」でつい耳が傾いてしまう。
全体を通して低いビブラートが心地よく、これが彼女の最大の武器なのでしょう。
唯一ハイトーンでキュートに歌う「My Ichiban Tomodati」は椎名林檎とかボニー・ピンク辺りが好きな人にはビビビ!っとくるのではないでしょうか。
仕事から疲れて帰ってきて、寝る前に聴くに相応しい激オススメの一枚です。

と、このように亡くなった人というのもまた生きているとおれは思うのです。
ミュージシャンに限らず亡くなった人というのは、会っていない友人のように、時折思い出してみることで自分の中で鮮明に生きているのです。


愚かなり我が心(My Foolish Heart) / ナンシー梅木 1950年
09/09|MOLICE 07||TOP↑
おととい国分寺RUBBER SOULに来てくれたみなさん、どうもありがとうございます。
すっかり涼しくなりましたが、このスペシャルなワンマンライブを終えて、あぁやっと暑くて熱かった夏が終わるのだな…などと思うのです。
冬、春、夏と進化を遂げてきたMOLICEも、次の秋で季節を一周するわけですが、今後も決して下降はいたしません。日々進化していきます!
そんな進化の過程を焼き付けていくライブは続くのです…
今後のライブの日程や詳細はHPでご確認ください。

つい先日、長いこと会っていない幼馴染の家の猫が死んだと、母親から聞いて少々驚きました。
何に驚いたかといえば、まだ生きていたということに驚いたわけです。だって猫って21年も生きるんですかね?16歳で人間の80歳と言われる猫が21歳ということは100歳くらい?120歳?
そこまで大事に育てた家族の方々ももちろん素晴らしいですが、その年齢まで天寿を全うした猫は、一生という長距離を走り抜いたランナーであり金メダルものです。
その猫がそこの家に来た時のことをよく覚えています。
飼っていた家の幼馴染もかなり破天荒な人生を送っていて、素晴らしい才能と経験の持ち主なので面白い話もたくさんあるのですが、今日はもう一人の古い友人の話を一つ。
この友人。チビッコの頃は非常に変わった感じの子でして、いつも坊主で絶壁頭のその彼が、まだへその緒が繋がった状態の子猫を拾って来たのです。
産まれて間もなく親とはぐれたのか見捨てられたのか定かではないですが、彼と一緒に現場にいた飼い主となる幼馴染曰く、道に捨てられて転がっているような状態だったようで、その場に放置することができず、そのまま家に連れて帰ったところ、その家では大きな犬も飼っていたのですが、ここの両親が「飼おう」言ってくれために、子猫は道端で野垂れ死にもしなければ、保健所で殺されることなく21年も命を繋いだわけです。
犬や猫などの生き物を飼えば、ほぼ確実に人間よりも先に死ぬわけで、どういった形であれ、生きる者は必ず死んでいくのだということを人間に伝えてくれるわけです。
これは、人が生きていく上で非常に大事な常識的知識であり、ありきたりですがお金や物欲では得ることのできない、この世のあらゆるものを考える上での原点であるとおれは思っています。
さて、このへその緒の付いた子猫を最初に手にした友人なのですが、彼は東北のある村から来た転校生でして、小学校1年のけっこう早い段階で転校してきたため、クラスメイトはみんな物珍しそうに持てはやしました。その彼の転校初日にゾロゾロとみんなで下校していると、彼は一本の折れた柿の木の枝を拾って、空き地の端におもむろにプスっと挿すと、その木は見事にその後、この空き地に家が建つまでの10数年間育ち続け、毎年実が成っていました。
後から知った話では、木の枝を土に挿して一本の木として成長させるのは「挿し木」というかなり高度な技法らしく、当然そんな知識が小学1年のチビッコにあるはずもなく、おれは猫の件も含めて、彼は生命力を与える力のある男だったのではないか…などと思うのでした。
その彼は、現代の一般家庭には珍しく7人とか複数の兄弟がいたりして、姉に次いでその長男だったので、その後もっと増えてた可能性もあるのかも知れませんが、そんな背景も含めてそのような「生命力…」なんてことを思わせる人物でした。
彼と仲良かったのも小学校低学年の時で、学年が上に行くに連れ徐々に話すことも少なくなり、中学では7クラスもあって一度も同じクラスにならなかったためにあまり記憶にありません。
高校も工業系の高校に行ったのかな…ウワサで電気系の仕事に就いて、電柱に登ってるのを目撃したという話を聞き、何かにつけて高いところに登ったりする少年だったので、らしいな…とは思ったのですが、たまに脳裏をかすめては思い出す人物です。
生命力を与える少年は青年になり、今もどこかで小動物や植物に生命力を与えているのではないか…などと思うのです。

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最近はなんだか90年代以降の新しい音楽を聴くことが多いですね。
生命とかそういったものを連想させる音楽の中に、最も強烈に印象に残っているのがこのゴールディの「Mother」という1時間もある曲なのですが、その1時間という時間の尺度と「Mother」というタイトルだけでもうやられてしまう…
一昔前に流行ったドラムンベースとかブレイクビーツという手法で一世を風靡した人ですが、実は音楽をやる前はヒップ・ホップ・カルチャーの影響から、グラフィック・アーティストとして名を馳せていたりもする、非常に多彩な才能を持った人がこのゴールディです。
そんな「Mother」を聴いて、ボーカルも入ってくる曲なのですが、CDに和訳もなく言葉の意味までは聴き取れません…こういう時に英語が堪能でない自分が残念でならない。
ただ、イメージで音を自分なりに解釈することはできます!
作り手の意図ともしかしたら反するのかも知れませんが、この1時間の曲を部屋を暗くして聴いてみて、何を連想させられるか…
曲は無音から始まるのですが、そこでは「生命の無」の状態を連想します。そこからゆっくりと音が流れ込んでくると胎内で融合し一つの生命が作られ、胎水の中をゴスペル調の歌声と共に浮遊しながら形を変化させていき、徐々にリズムが強いビートを刻み始めると心臓の鼓動が聞こえ始め、生命体に血液を行き渡らせてその姿というものが徐々に明確になり、音楽はゆっくりと強いリズムが後退していき、その中で今度は胎内で自らの生命力でゆっくりと生きようとし始めると、またもゴスペル調の歌声がストリングスと共に狭い空間の水の中に形となった身体が浮いていて、その身体が外へ向けて飛び出す準備ができると、長い時間を掛けてやがて外界の光と音が差込み始め、ゆっくりと刻む心音が生命の誕生を表していて、そのまま実にゆっくりと時間をかけて曲はフェイドアウトしていく。
あまりにスケールがデカ過ぎて恐怖すら感じます。聴いていて非常に体力の要る曲です。
おれの勝手な解釈のイメージの中で曲の序盤の胎内の中で、ここでゴールディが「Mother…Mother…Mother…」と繰り返す言葉があまりにイメージと合い過ぎていて、そのゴールディの表現の凄さに放心します。
CDの解説から抜粋して、この2枚組みアルバムのタイトル「サターンズ・リターン」は「人が戻る静かな場所」という意味らしく、その意味をどう解釈するかはリスナーの自由ということなので、いちリスナーであるおれの解釈の仕方がこんな感じでした。
「人が戻る静かな場所」という意味では、この1時間の曲を逆に、死ぬ間際に見えるものを連想しても、それはそれでものすごい深い景色が浮かんできそうで、これもまた怖いです。

人の命も猫の命もこのゴールディの曲のようなスケールのでかい世界をくぐり抜けて誕生し、やがて消えていくのですな。
21年生きた猫もまた、周りの人間にそんな当たり前だけど非常に大事なことを伝えてくれたのです。


Mother / Goldie 1998年
09/03|MOLICE 07||TOP↑
プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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