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バンドってのはやはり人がやるもので、メインを務めるメンバー以外のメンバーにもそれぞれ人生があるわけで、そんな脇を固めていた人の人生に迫ってみようかと思います。

おれの好きなバンドの中にアニマルズがありまして、このアニマルズとは、1960年代にビートルズやローリング・ストーンズなどと共に、世界で人気を集めたブルー・アイド・ソウル満点のイギリスのバンドです。
このバンドを語る上でまず挙がるのがVoのエリック・バートン、keyのアラン・プライスの存在かと思われます。
おれなんかも特に、エリック・バートンの声を聴いて、「なるほど、コレが本当に巧いボーカルなんだな!」などと妙に納得できましたし、数ある60年代のベスト・ボーカリストはおれの中では、このエリック・バートンかと思っています。
そんなアニマルズにはエリック・バートンやアラン・プライスの他に、ロックの歴史上忘れてはいけない人物がもう一人おりまして、その人というはBaのチャス・チャンドラー。
異様に背が高く、足も長く、しかしそのバランスがよろしくなく、現代日本人的観点から見たらマスクもけっこうなブサイクな部類に入ると思われます。
メンバーの中では最年長で、この時代にアイドルとして売り出すには25歳という年齢はなかなかの高齢だったはずです。
他のメンバーと比べても3歳から5歳は歳が離れていて、バンド内ではお兄さん的存在だったのでしょう。大変人望の厚い人物だったそうで、音楽的にもバンド内の意見やワガママをまとめながら引導していたようです。
肝心なベース・プレイなのですが、ドッシリとした安定感があり下手ではないけどこれといった華はなく、長身のせいか、デカイはずのベースをまるでギターもしくはウクレレのように構える姿はどこか不恰好にも見えます。
そんなチャス・チャンドラーの在籍するアニマルズは、アメリカの伝統的なトラディッショナルソングの「朝日の当たる家」がアラン・プライスのアレンジによってヒットし、世界的スターに上り詰めるも、2枚のアルバムをリリースして、相次ぐメンバーの脱退が原因で事実上解散になります。
アニマルズを脱退したチャス・チャンドラーは単身ニューヨークへ渡り、次なるスターを発掘し始めました。そこで天才黒人ギタリストを目撃し、母国イギリスで売り出すために連れて帰ります。
この天才黒人ギタリストこそが、かの有名な、ジミ・ヘンドリックス。
チャス・チャンドラーはこのジミ・ヘンドリックスを中心にベストメンバーを集めてバンドを組ませ、自身の在籍したアニマルズの成功に次いで、プロデューサーとしての成功も収めます。
2枚のアルバムをプロデュースした後の3枚目「エレクトリック・レディ・ランド」製作時に決裂し、その後ジミ・ヘンドリックスはドラッグのオーバードースによって死去します。
時は1970年代に突入し、新しい時代の波と共に現れたのがマーク・ボラン率いるT-REXです。このT-REXを目にしたチャス・チャンドラーは、そのイメージを元にSLADEというバンドを作り世に送り出すと、10年以上安定したヒットを飛ばします。近年(もう10年以上前だけど…)ではオアシスがこのSLADEの「C‘mon Feel The Noize」をカバーしていたことでも有名です。
80年代も半ばに入ると、アニマルズの再結成などで興行収入を稼ぎ出し、緩やかに晩年へと向かっていきます。
そして1994年、アニマルズはロック殿堂入りを果たし、その二年後にチャス・チャンドラーは心臓病で他界します。58歳でした。
ちなみに奥さんは元ミス・ワールド、この人は前妻で、その前の奥さんも確かメチャクチャ綺麗なモデルだかタレントだったはず。
欧米人の感覚は分かりませんが、チャス・チャンドラーという人は容姿に関わらず非常にモテたんですね。

バンド内では一見地味な存在の男の58年の人生は充実極まりないものだったようです。

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やはりアニマルズの代表曲といえばThe House of Rising Sun(朝日の当たる家)なのですが、チャス・チャンドラーのベストプレイといった点で挙げればWe've Gotta Get Out of This Place(朝日のない街)もしくはIt's My Lifeではないでしょうか。
しかしここでは、

♪It's my lfe, i'll do what i want
(おれの人生、好きにやる)

今日はこれがまるでチャスのために言っているようにも聞こえるので、It's My Lifeを推したいです。
ちなみにこの曲は、オリジナルメンバーでのアニマルズのラストシングルにして名曲です。
非常にシンプルでありながらもシッカリと耳に残るフレーズをチャスは丁寧に弾いています。
このベースのイントロからバンドの演奏がはじまると、ミディアムテンポの8ビートへと流れていき、いちばんの聴き所は、サビへ挿入する手前のオルガンとのユニゾンです。おれ個人としてはサビ以上にココのフレーズにいつもシビレます。
歌詞も、この世の中は決して楽なものではないけど好きに生きてやる。といった感じの内容で、そんな楽ではない世の中でチャスは充実した人生を手にしたワケですが、成功の秘訣が大きく三つあるように分析します。

・アニマルズで兄貴的存在だった人間性
・ジミヘンをイギリスへ連れて帰った直感
・SLADEをデビューさせた先見の明

この3つかと思います。
アニマルズとそれ以前の人生で培った人間性。まずここで多くの人からの信頼を掴んだことは間違いないと思われ、そこから派生した行動力の結果、ステキな人生を送れたのでしょう。

まだ先の長い人生、時折過去を振り返って、自分の人間性を見直すことも必要なのかもしれません。


It's My Life / The Animals 1965年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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