上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--|スポンサー広告||TOP↑
去る二ヶ月前、夏に参加させていただきました、サマーソニック07の模様を音楽専門チャンネルのスペースシャワーで放映されたらしく、先日遅れてその映像を観ました。
やはりこのブラウン管(我が家のテレビはもらい物の91年製造)を通して見る自分という感覚はどうしても慣れないってかスゲー変!
ブサイクだしキモイし汚いし、まぁなんてヒドイ顔してテレビに映ってんだ…と、まず演奏以外の部分で驚愕し、けっこうへこんでしまったのですが、周りの方々はこんな無様なおれの姿と顔を普段からフツウに見ているわけですね。
こりゃ遠慮して生きていかなきゃいけねぇな…とまでは思いませんが、自分の容姿について少しは考えた方がいいのかな…なんてことも全く考えていません。
だってコレが素なんだからしょうがない。
この感覚はなんだろう…子供の頃にふざけて自分の声を録音して聞いてみて、「なんだこのひどい声は!」と感じるのと似ている…あの時は「もう二度と人前で喋るのはやめよう…」と心に誓ったものです。まぁ二秒後にはフツウに「おれの声って変じゃね?」とか言って誰かと話しているのですが、その声が変なんだっつーの!
とまぁ、そんなことを考えていると、モデルとかタレントって職業の人はスゲーな!なんてことを思うのです。だって、そんな自分の佇まいとか表情の作りを常に細かくチェックしているわけだもんね。
なんかそういう職業の人に、フツウの人とは明らかに違うオーラがあるのにはちゃんとこういった根拠があるんだな~なんてことをふと思ったんですね。
たぶん誰だって自分の姿とか声を客観的に見たら変に思うだろうし、そう思えばあまり見たくないし聞きたくないと思うはずなんだよね。でも、その変って思うところを思いっきり直視して他人にも見せれるように直していく職業がモデルやタレントなわけでしょ?そりゃあ容姿も磨かれていくわけだし、見られる事に自信が湧いてくるわけだね。
最近なにかと話題になっていた、沢尻エリカや神田うのだってきっとそういった努力は怠ってはいないだろうし、側近の人からコマゴマと爪の長さから枝毛まで指摘もされることでしょう。おれだったらストレスで爆発しそうです。
なんかそんなことを思うと、全然女王様でもイイっすよ!とか、数億の披露宴もイイんじゃね?なんて思えてしまう。
だって、それに見合う自信があってそれを職業としていて、その上でそれらの話題をドーンと提供しているわけだからね。
大したもんだなって本気で思う。
モデルやタレントじゃなくても日本人って世界的に見てもけっこうなオシャレ民族のようで、即ちそれは我々日本人は他人に見られるということを意識する民族ってことなのですが、見られることをみんなが意識しているということは、逆におれも誰かに見られて比較の対象になっているのかも…そう思うと自分の映像を観て客観視できるのだから、変!って思った部分は直していかないとイカンのかな…なんて思いつつも、そんな小せぇこと言うんじゃねぇよ!って耳の奥で囁く悪魔が存在しています。

4186115605.jpg


容姿って年齢じゃないんだよね。諦めちゃえばその瞬間からセンスも肉体も心も老けていく。それは別に禿げたとか、太ってるとか、30歳超えたからとか40歳になったからとか、そういうことじゃなくて、内なるものだとおれは思う。
始めから容姿に対して諦めてる人もいれば、結婚を期に諦める人、逆に子供がいて大変でも維持できる人、それは様々で、諦めた人もまた新しい自分の個性を見つけているのかもしれないし、もしかしたらそれを「諦め」というマイナスな言葉で表す事が相応しくないのかもしれない。ここで言う「諦め」というのは大人ということなのかもしれないので、そこはおれがまだ踏み入れていない領域だから、どうしても自分の視点と経験のさじ加減のみになってしまう。
それを踏まえた上で、年齢という数字で区切られたラインではなく、自分の目線というものを年齢のラインではなく、常に同じ高さに置いていれば老け込むことはないのだとおれはいつしか思うようになったけど、これはとても大変なことなのだと同時に思うのです。
いまやグラビアアイドルのほしのあきや、元ジュディマリのYUKIちゃんなどは年齢というラインに関係なく超アイドル級に人気があり広い年齢層に支持され、10代の股間を熱くさせるに充分な魅力があり、おれもまた応援したくなってしまう。
そんなラインを打ち崩した最初の人がブロンディのデボラ・ハリーに他ならないと思うのですが、それは、この人がおれの母親と同じ年齢であるという個人的な背景もありつつ、さすがに今ではババァというか、むしろバァさんの部類ですが未だに性的な魅力と面影を感じるのです。
ブロンディがニューヨークで有名なライブハウス、今はなき伝説のCBGB'sでのライブ活動を経てデビューした1976年でデボラ29歳。世間に認知され始めたのが31歳。世界のセックスシンボルとして唇に保険を掛けたのが32歳(だっけ?)
20代はウェイトレスやヌードモデルを経験してきた苦労人。だからこそ諦めが悪い。若くしてチヤホヤされてきた人とは少し違い、いい意味で並ならぬ意地と諦めの悪さがあるのだと分析します。
交際していたブロンディのメインソングライターでギタリストのクリス・ステインが白血病という難病に侵されたときにも、デボラ・ハリーは献身的に看病したというエピソードもまた男心をくすぐられてしまう。
そんなデボラ・ハリーがウェイトレス時代の回想(と、思われる)を歌っているのがブロンディの4枚目のアルバム「Eat To The Beat」の1曲目に収録でシングルカットもされている「Dreaming」
クレム・バークのドラムがキース・ムーン張りに炸裂するナンバーです。
♪空想するのはタダ…
なんてことを、貧しかった時の空想を現実に手にしたデボラ本人が歌っているわけだからリアルなのです。そこにこの人の貪欲さを伺えて、個人的にもブロンディの中では非常に好きな曲なのです。

要するに、何かを頑張ってたり、夢中になってたり、ムキになってたり、バカバカしいっていうか「バカ」って率直に言われちゃうような人っていいよね。ってことなのかな。
そこには美人とか不美人は関係ないし、顔つきなんてやってきていることで全然変わるものだと思うのです。だからおれは、自分の動く映像を客観的に観て、自分をブサイクと感じてしまったので全然まだまだなのです。
だから成功を収めた人っていうのはキレイなんです。その過程に苦労や挫折もたくさんあって磨かれればなおのことキレイに映るんですね。
だからデボラ・ハリーはババァでもおれの中では磨きに磨かれた永遠のアイドルなんです。
ちなみにここから余談ですが、デボラ・ハリーのイメージをより若い娘に投与して誇張したのがあのマドンナです。ちなみにおれはマドンナにも本能がやられっぱなしです…


Dreaming / Blondie 1979年
スポンサーサイト

10/13|MOLICE 07||TOP↑
プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。