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先週末、あの悪天候の中、はるばる本牧までお越しいただきありがとうございます。もちろん近くにお住まいで足を運んで観てくれた人にも大変感謝です。
次のライブは来月11月になりますので、HPをチェックしてみてください。

先日、コンビニで買い物をしていると、まるで機械のような店員さんの応対に、90歳近いだろうか…杖をついた婆さまが買い物を済ますと、そのマニュアル通りの店員さんに対し、丁寧に深く頭を下げているのを見ました。
その後、とある街の外国人が経営するカレー屋さんで食事をしていると、60歳手前の夫婦でしょうか、男女が来店しまして、席に着くなり店員に対し、当然のようにタメ口。料理が運ばれてからもカタコトな日本語の外国人店員に対し、箸をくれだのナイフをくれだのと命令口調で指図とクレームを付けているのを見ました。
この前者と後者に、生きた時代背景の違いを大きく感じるわけですが、前者は、戦中戦後の物資が不足していて、仮にお金を持っていても、ものを売ってもらえない時代というのを若い頃に経験していて、ものを売ってもらえるということに対する感謝を知っている世代の人なんだなと思うのです。
後者は、物心付く頃には食べるに困らない時代に生きて、お店の方から「買ってくれてありがとう」と言われて当たり前の時代に生きてきたために、その感謝を忘れ始めた時代を生きた人かと思うのです。
もちろん個人差はあり、世代でカテゴリー化するのは大変危険な考えかもしれませんが、少なくともこの日見た、この前者と後者にそういった世代の温度差を感じるものがありました。
さらに若い我々の世代、この先の新しい世代というのは、明らかに後者側の考えと意識を強く持つ世代と言えると思うのですが、おれ個人としては、それはあまりいい傾向に思えないのです。
どの世代であれ、与えてくれる他人の労働への感謝を忘れてしまえば、それは大変不幸なことで、物資が溢れた世の中であっても本当の豊かさではないと思うのです。
たまにクレームなんかで聞く、「客に対してその態度はなんだ!」というセリフは、あまりに周りが見えていない自己中心的なセリフに感じ、おれ個人の考えでは全く意味の分からない理屈に聞こえるものだから、「客だからなんなんだ?」とつい横から口を挟みたくなってしまう。
そんな文句を言うのならば、コンビニでおのぎりやサンドイッチなんか買わずに、何もかも栽培、製造して全部自分で作ればいい。
大人がカレーという、スプーンでこと足りるであろうものを食いに行って、個人的な都合で箸やらナイフが必要なら、普段から持ち歩けよと言いたい。頼むのであるなら頼むなりの態度、もの言いというものがある。立場が客であってもだ。
ものを売る人よりも、お金を払う人の方が偉いなんていう理屈から人は横柄になり、物資の提供者への感謝を怠ると思うのですが、当然売る側に手抜きや怠慢があればそれは注意を受けても仕方がないとは思う。
そういったところから生まれた接客のマニュアルがコンビに等の無機質な対応で、それに対して買う側はもはや人とは思っていない。コンビニの店員と自販機は同等のものでしか考えていない。
その方が売る方も買う方も楽なんだろうけど、おれだったら同じ酒を買うにも、コンビニで買うよりも、少しおせっかいなオヤジのいる酒屋で買う方がいいなぁ…

そういえば、ある友人が言ってたのを思い出しました!
「近所の酒屋のおっさんの、『サンキュー、またね!』っていうフレンドリーな言葉に、コンビニよりも10円高い缶ビールの10円分の価値がある。だから、おれは酒は酒屋で買う」
なんかこういう頑固さって好きですね。
この友人は明らかに水準以下の生活で、傍目からもビンボーなんだけど、財布以外の部分がちゃんと豊かなのだと感じましたよ。
なんて言いながらおれは、さっきコンビニで手軽に買ってきたビールをすすってたりして…

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ローリング・ストーンズで初めて買ったオリジナルアルバムがこれ。
かの有名な「(I Can't Get No)Satisfaction」が収録された「Out of Our Heads」のアメリカ版。
初期のストーンズに限らず、この頃のヒットメイカー達はイギリスとアメリカをはじめ、国によってリリースパターンが異なり、同じジャケットでも収録曲が違うということは多々ありまして、そこを把握しないと、コンプリートしようかという時に非常に困るのです。
このアルバムも随分昔に買っているので、CDでもリマスターやリマスタリングは一切施されておらず、でも、個人的には高音に少しシャリシャリ感のある、小汚い音でこのアルバムを聴いてきたせいか、最新技術で蘇生した現行の音には若干違和感を感じる。
とまぁ世界的に有名な「(I Can't Get No)Satisfaction」なのですが、「No」が付くのってなんで?って英語力0点のおれは思うのですが、満足してねぇよ!って言うのを、超満足してねぇよ!って感じかな…なんて勝手な解釈をしています。
CDの和訳には、「頭にきたぜ、不満だぜ」って書いてあって、さらに分からなくなる…
しかしまぁ、バンドでデカい地位を築いた1965年時のローリング・ストーンズも、この時点で満足していなかったのかなと…でも、満足していなかったからこそ40年以上現役でやれているのですな。
ちゃんとタイトルの意味も把握してませんが、「(I Can't Get No)Satisfaction」というのはある意味、あらゆることを目指す人のキーワードかと思うのです。
おれは「(I Can't Get No)Satisfaction」でいたいと思うのです。それは他人に対してではなく、自分に対してだと思う。でも、おれに限らずみんな誰でも「(I Can't Get No)Satisfaction」のはずなのですが、それが自分以外へ向けられたときに、つまらないクレーマーになったりするし、他者への感謝を忘れる瞬間なのではないかな…なんてことを思うのです。

「(I Can't Get No)Satisfaction」が自分の中にあれば自分自身と向き合えていると思うのですが、外へ向けられている時というのは、我を失っている時なのです。
それが、他人のせいにするとか、社会が悪いとか、無意味で小さな怒りなんじゃないかな…
なんか自分で言ったものの、本当はスゲー身に覚えがあるから多くは言えないのです。


(I Can't Get No)Satisfaction / The Rolling Stones 1965年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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