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昨日秋葉原までお越しいただいたみなさん、どうもありがとうございました。
はるばるイギリスから来られた方々もおりまして、感謝感激でございます。
我々の作り出すリズムは国境を越えられたでしょうか?
上手く言葉は通じなくとも、意思はちゃんと伝わったと思います。

さて、最近は1本のライブ終了後毎にブログを書いてますので、書く回数は徐々に減ってはいますが、日々思うことはたくさんあります。
バンドでロックなんてジャンルのものをやっていると、妄想と理想の懐古趣味に傾倒しがちで、新しい概念や人物に対して、つい否定がちになってしまう。
なんか前にもこんなこと書いたけど、身近なもので言えば、ケータイというものを、電話という概念の下で手にしたために、メールという文化が普及し始めると、「どうして会話で済むものをわざわざ文字で送るのか?」などと、疑問に感じてしまい、その間にも世の中は変わっていき、ケータイ=電話という概念から抜け出せず、その利便性に気付くのに遅れてしまう。
でも、ケータイで電話もできて、メールもできて、音楽も聴けて、テレビも、ネットも、買い物も…という概念の下で手にした人はそれらを上手に使いこなす。
ケータイというものは、たまたま電話からスタートしたもので、最終的にはケータイさえ持ち歩けば、それだけでなんでもできてしまうものを目指していたのでした。と、今更やっと気付くのでした。
音楽ってこうあるべきだ!とか、ロックってこうじゃないと!という概念が邪魔をして、他の利便性というか、可能性に気付かないことを頑固という。
個人の持つ概念というものは、その個人にとっての正義であり、新しい概念というのは言うならば悪で、その悪を提示する側にもまた正義の概念がある。それら正義と正義を衝突させて、自分の中にあるそれまでの概念の紐を解きながら、敵対する新しい概念を理解していくことで、個人の中に新しい概念を作り出すことができる。
なんか、自分の中でそういったことを延々と繰り返しながら歳を重ねていっているように思うのです。
断定と否定、この二つはその個人の概念の殻を守るための防御の言葉と態度で、でもそれは、相手の概念を理解する前に決め付けてしまうことでもあり、この二つが会話の中で飛び出してしまえば、敵対関係は表面化し、そこで両者の会話も関係もおしまいになる。
討論上で断定と否定でねじ伏せた側は、まるで優位に立ったように思うのですが、それは自分の固定概念を守ったに過ぎず、逆に、相手の断定と否定を受け入れた側の方が新しい概念を吸収しているわけで、それに伴った新たな考えを生み出すことができ、意外と本音という名の隠し球を持っていたりもすると思うのです。
なんてことを近頃、本を読んだり、国分寺辺りのバーで飲んだりする中で、なんとなく考えていました。
正当な会話というものは、互いの対等な位置づけからでなければ成立しないと思うので、広く、多くの人と対等に話せるように、おれ自身日々精進するのみですね。
あと、説教や注意、忠告といったものは、否定や断定とは違うものでして、大人になっても説教してくれる人がいるっていうのは、どういう立場であれ、やはり有難いもので、その言葉がもしも意に反していたとしても、一度受け入れてみるか、まったく受け入れないかでは、その投げかけられた言葉の価値も180度変わると思うのです。
褒められることがあれば素直に受け止めればいいと思います。

と、まぁ…このブログの機能もロクに使いこなせないおれは、非常に頭が硬く、余計な概念がいつも邪魔をしているわけですが…

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最近の好きなミュージシャンの中でも、とりわけジャック・ジョンソンが好きでして、音楽のみならず、そのライフスタイルに憧れを感じます。
この人、1975年生まれ、ハワイ・オアフ島の出身で、自宅がビーチと庭続きという恵まれた環境だったこともあり、物心付く頃にはサーフボードに乗っていたといいます。
高校生になる頃にはプロサーファーとしてスポンサーとプロ契約も結んでいたのですが、波乗り中の大事故でしばらく海に入れなくなってしまいます。
その事故をきっかけに、趣味のギターと映画撮影に没頭するようになり、映画の方はいち早く注目を浴びて、賞をもらったりもしていたようです。
ジャックの音楽なのですが、サーフミュージックとして近頃定着している、ハードなパンクやロック調ではなく、極めてシンプルなアコースティックサウンド。
そんなジャックの音楽の才能を見出したのは、あらゆるジャンルの音楽をルーズにアコースティックギターで表現することで有名な、Gラヴ&スペシャル・ソース改めGラヴでして、ジャックにも音楽的な影響を大いに与えていたそうです。
そんな経緯でジャックはミュージシャンになるわけですが、彼は波乗りのリズムで曲を作るといいます。
自然のリズムを忠実に受け止めて、アコースティックギターで表現するのですね。
じゃあ、海とか波のことを主に歌うのかな?と思うと、意外とそうでもなかったりして、私的な歌詞だったりもします。
彼がサーフィンをするのも、映画を撮るのも、音楽を作るのも、全てが自然で、それらを全てに共通させて、反映させているというところに、多くを学ぶべきことがあると思います。
地球上のどんなものであっても、そこに技術というものが発生するのであれば、そこにはリズムがあり、どれだけ世の中の文明が進んでも、結局は自然との調和なのかな…なんてことをすごく感じます。
ジャックの持つ才能というのは、ただ単に器用ということだけではなく、サーフィンも映画も音楽も、それぞれを個別の概念で考えるのではなく、ライフスタイルという一貫した概念を持てるという柔軟さにあると感じるのです。
そんな彼のライフスタイルを、絶対にこうだ!と断定することも、当然否定することもできません。
3枚目のアルバムIn Between Dreamsに収録の、「Sitting Waiting Wishing」で、メジャーとセヴンスのコードをミディアムテンポで交互に鳴らすギターは、やはり波を連想させられます。
おれは波乗りはしませんが、海や山といった、デカイ自然に触れたくなることがあるのは、おれもまた、地球上の生き物だからなのでしょうか。
母なる海とか、父なる大地とは言ったものです。
そんなことを思いながら、ジャック・ジョンソンを聴いて過ごす年の瀬でございます。

会話に行き詰るとつい使いがちな「断定と否定」を使わない人間関係を、来年は心掛けたいと思います。
今年は大変お世話になりました。2008年もよろしくお願いします。


Sitting Waiting Wishing / Jack Johnson 2005年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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