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あけましておめでとうございます。
年末と同じようなことを言うようになりますが、改めまして新年の挨拶です。
いよいよ新年が急発進しましたね。
今日はまだ一月二日ですが、やがて春が来て、雨が降り、猛暑が続くとやがて葉は枯れて、冷え込んできたなと思えば一年です。
その頃には毎年のように、今年もあっという間でしたな…などと言っていることでしょう。
どうせあっという間に過ぎるのですから、この一年は、手、脚、頭を使ったと実感できる一年にしたいです。

今年もどうぞ宜しくお願い致します。
-平成20年1月2日-

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初詣日記です。長いです。読むなら覚悟してください。でも、新年に少しおめでたい話です。
いや、おれが勝手におめでたい野郎なのかもね。

昨日、元日の朝6時半に帰宅しますと、まだ辺りは薄暗く、でも、家の前の住宅街の路地には、元日の朝だけに僅かですが人が通行していました。
その人の流れに沿う、自宅の前の坂を30メートルほど先に神社がありまして、大晦日から元旦にかけてしか見られない、普段は灯っていない明かりに釣られるように、おれも神社へ足を運びました。
坂の上には鳥居があり、そのさらに丘の上に境内がありまして、その境内へと向かう急な石段を登って賽銭箱に小銭を投入すると、カランカランと大鈴を鳴らし、何を願うでもなく手を合わせました。
参拝を済ませると石段を降りて鳥居をくぐり、さて真っ直ぐ家に帰ろかな…と思うと、神社の敷地に沿って坂はさらに上に続いてまして、その先の高台には公園があり、その公園へ向かう人の流れができている。
そうか、初日の出か…と、思い、おれも人の流れに合わせて足を向けました。
この高台になっている公園からは、駅へ続くベッドタウンの町並みが一望できます。
公園には既に、老若男女30人ほどが、初日の出を待ち侘びていて、一人で来ているのはおれだけのようでした。
しかし、太陽ってヤツは本当にすごいです。
老人もカップルもヤンキー子供も関係なく一つの場所に集める力を持っている。
世代を超えたあらゆる年代の人達が一つの場所に集結するのって、生活の中でもしかしたら、この太陽が昇る瞬間だけなんじゃないでしょうか。
どんなに素晴らしいアーティストも、思想家や演説家も、この一体感を作り出すことはまずできないです。
自然の一部である人間は、それらの源となる太陽を前にすると、みんな何かを許すのですかね?
なんだか太陽というものが、地球上の万物の生命に対して平等なのだと感じるのです。
なかなか顔を出さない太陽を待っていると、つま先からだんだん全身が冷えてきて、身を屈めながら、ふと公園の案内板を見ると、いろいろな落書きが目に付く。
それらの落書きをひとつずつ見ていると、どういう意図があるのか、妙な落書きが…
犬大好き 犬大好き 犬大好き 犬大好き 犬大好き 犬大好き 犬大好き 犬大好き…
妙に汚ねぇ字で至る所に書かれてあるのに気付いて、堪えきれず、つい一人噴出してしまう。
再度町並みを眺めると、駅手前の建設中のビルの一辺が、少し赤くなったか…と思うと、その赤みがジワジワとビル全体を包み込み、その赤は住宅街のビルや民家を染めていき、まさに燃えているかのようでした。
気付けば人も50、60人くらいにまで増えていたでしょうかね、その赤く染まった町並みの方角をみんなが見ているわけですが、みなさん…その方角はやや南ですよ。と、内心思う。
おれは案内板を固定しているブロックの上に乗って、東の空を見るのですが、建物が邪魔しているんですね。明かりは届いているものの、なかなか太陽が見えてきません。
さらに高い段に乗っていたヤンキー風の若者が、「あ、太陽見えた」と、言うと、近くにいる爺さんやオバサンが、そのヤンキーに「どこどこ?」と聞く。するとヤンキーも素直に「ホラホラ、あのビルの隙間、こっちから見えるっすよ」とか言って、これはなかなか微笑ましい光景。
おれも少し遅れて、ビルの隙間から一筋の光が見えたところで、太陽が昇りきる前に、足早に公園の丘を降りて、タバコを買って帰ることにしました。
丘を降りきったところに階段があり、そのまま真っ直ぐに行くと、荒川の支流の、それほど大きくない川があります。
その川沿いの自転車道を歩くと、視界には見事に人っ子ひとりおらず、その先にはデッカイ富士山が。
周囲には人っ子ひとりおらず、お!このスッゲー景観を一人で独占!などと思っていると、おかしなことに気付いた。
東京都下の町から、富士山がこんなにデカく見えるはずがない…
まるで東名高速を走行中の、神奈川から静岡に入った辺りで見るような富士山のデカさですよ。これはありえない。
朝もやとか雲の高さとか光の加減でたまたまそう見えたのでしょうかね。錯覚とはいえ、元旦の朝にこんな光景を独占とは、そうそうあることではないですよ。
しばらくすると、靄が晴れたようにふっと富士山が見えなくなり、え?あれあれ…と思いながら歩みを進め、再度、橋の中腹から富士山の方角を眺めると遠くの方に、都営団地の影から小さく富士山が見えた。
ここから見える富士山はこれ。この大きさですよ。さっきのはあまりにデカすぎです。
そうそう。近年、都営の平屋が大量に潰されて、5階建ての団地が何棟か立ってからは富士山が見えにくくなっているんですね。ちょっと前までは、冬の晴れた日には遠くにキレイに見えてたんですがね。
なにはともあれ、正月早々になんだかめでたい気分で、この一年を乗り切る強力なエネルギーを貰った気持ちになれたのです。
記念にこの富士山をケータイでパシャリ!
うーん…おれのダメケータイでは遠くの富士山が上手く写らんではないか。
自販機でタバコを買い、橋を渡って家に向かう途中にお寺がありまして、ここにウチの爺さん婆さん、そして親父が眠っているわけでして、せっかくなので墓にも立ち寄ることにしました。
ちなみに、線香を持たずに墓へ寄るときには、爺さんも親父もスモーカーだったので、タバコに火を点けて供えるのがおれ流。婆さんには、どうもすんません…って感じで。
そして7時半、家に帰ってタバコをプカリですよ。
束の間の一時間、神社、公園、川、寺に墓と、一人まるで導かれるかのように家周辺を歩いたのでした。

ナゼ、写真がベルベット・アンダーグラウンドかというと、「果報は寝て待て」という言葉がありあますが、どうにもならないことに対しても、手、脚、頭だけは常に使っているという実感の上で果報を待っていた方が、良い知らせも万全で受け入れられると思うのです。
そんなわけで、このアルバムの2曲目、「I'm Waiting For The Man」を聴いています。
行動が伴わないと、いつも待つばかりでは何も訪れませんよ。
果報が通り過ぎてから気付いて追いかけても遅いですからね。いつでも受け入れ体勢を整えておきましょう。
と、自分に言い聞かせます。

なんだかポジティブ!ステキな一年になる予感です。

I'm Waiting For The Man / The Velet Underground 1967年
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プロフィール

※※だいら 〇〇ヒロ

Author:※※だいら 〇〇ヒロ
あたくし、生まれも育ちも東京は武蔵野、北多摩北地区北部、姓は※※だいら、名を〇〇ヒロ、人呼んでバーテンのオーシャンと発します。

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